自分をも見失う“喪失”の物語 『外は夏』 #449
「喪失」という言葉に、もし色がついているなら。
それは、うすいうすいグレーかもしれない。太陽を覆い隠してしまう、真冬の雲みたいな。
キム・エランさんの短編集『外は夏』は、「喪失」を強く感じさせる7つの物語が収められています。韓国で最も権威ある文学賞「李箱文学賞」を受賞した「沈黙の未来」、第8回「若い作家賞」を受賞した「どこに行きたいのですか」も収録。単行本自体も東仁文学賞を受賞と、高く評価されている一冊です。
事故で子どもを亡くした夫婦、父を亡くし、兄弟のように育った愛犬まで失おうとしている少年など、何かを失い、残された人たちの日々が綴られます。
「外“は”夏」ということは、「中は冬」なんですよね。登場人物たちの心の中はというと、降りそうで降らない、どんよりとした雲に覆われているようです。太陽が見えないので、いまが何時なのかも分からない。方向感覚をなくして目的地も分からなくなってしまったような状態。
いえ、そもそも目的地なんてあったんだろうか。
大切なものを失ってしまったのに。
「喪失」の中で魂が身体から漏れ出して、フワフワとただよっているかのような世界です。
なかでも「どこに行きたいのですか」は、セウォル号沈没事故を彷彿させる物語でした。日本に「震災後文学」という言葉が生まれたように、死亡者304人という事故を経験して、韓国の文学界では「セウォル号後文学」という言葉ができたそうです。
「どこに行きたいのですか」は、教師の夫を亡くした主人公が、従姉の家の留守番をするために、一か月間スコットランドで暮らすというお話です。
たったひとり、知らない家で、知らない街で暮らす主人公。
そこで心が回復するのかというと、とんでもない。Siriさんと不毛な会話をしつつ、ストレス性の皮膚病にまで悩まされることになります。
ーー人は死ぬと、どうなるんですか?
短い沈黙が流れた。やがてSiriが問い返した。
ーーどこへ向かう経路のことですか?
ーー……。
ーーどこに行きたいのですか?
水の中で亡くなったらしい夫と、生徒。韓国に帰国後、主人公が受け取った一通の手紙に泣きました。最期の瞬間、つないだ手から、お互いのぬくもりが伝わっていたことを祈りたい。
セウォル号沈没事故が与えた怒りと悲しみは、どれほどのものだったのか。あらためて感じました。ただよっていた意識が戻ってくるその日まで、ただそばに寄り添ってあげたい。登場人物たちと一緒に、うすいうすいグレーの空を見上げながら。
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