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長いあとがきに読み応えあり

安藤昇伝。タイトルを見てのとおりの人です。

そういう人生を経て感じた事

すでにこの人はある意味伝説の人のため、関連書籍が多々出ているようですし、その後芸能の世界にも身を置いていて、作品も多数出しているようです。芸能のことについては全くここでは触れてなくて、組織を解散するところまでが描かれています。おそらく他の伝記にも同じことは書かれているのでは。

ただ、波乱に満ちた生き方を通じて氏が感じた事は、心に刺さります。

無鉄砲にケツをまくり居直るのは利口とは言えないかもしれないが、俺は今まで人生に保険をかけたことなどありはしなかった。時代の変化の中で新旧組織の対立と入れ替わりの混乱の時代に、ただがむしゃらに前に進むだけでこの身をどうするかなど考えもしなかった。(中略)西原が死んだ時にお母さんの前で誓った通り組は解散してしまった。人は無謀とも言うかもしれないが、次という受け皿を構えて行動したことなどありはしない。それが俺の人生の流儀だった。人生というものは保険などかけなくてもなんとかなるものだ。それは当人の気概次第に違いない。
たとえ誰か信用出来る仲間なり他人に相談して決めたとしても所詮自分の選んだことでしかありはしない。それを後になって悔いたり、ぼやいたりするのはみみっちい姿だ。何が起ころうと愚痴ったり嘆いたりせず、男は棺に入るまで毅然として生き抜きたいと思うがね。

私も、他人に相談して物事をよく決めますが、それは自分の選んだ事だと考えます。絶対にその人のせいにはしません。

石原慎太郎氏が会いに行った

「長いあとがき」と題された箇所で、著者が八丈島に暮らす安藤氏の元を訪れます。これがこの本の特徴的な箇所です。

面談を終えて著者が感じた事がこれです。

今なお超無頼にすぎた伝説の男の顔を見直しながら私が感じたものは、体の内に込み上げてくる得体のしれぬ共感だった。それは善悪を超えた最早ただの動物である男としての私の、ただ人間としての何か不気味な本能を揺さぶるような、小気味のいい戦慄だった。

命を賭して来た人だからこそ、醸し出す空気感なのかもしれません。

私も、「実はね、私も人を斬ったよ」と語ってくれた方と会ったことがあります。戦地へ行った方でした。とても笑顔の素敵な方でしたが、会った瞬間から、なんともいえぬ物をまとっていて、今までお会いした方々の中でも強烈に印象に残っています。

最後のほうではこう書いています。

しかしなおそれを知る者の心をどこかで捉えてやまぬものがあるのは、特に男にとってはある種の羨望に依るものかもしれない。

暴力はもうダメです、しかし、と続くのが上記のくだり。

「羨望」

私にあるのは、とてもじゃないが真似のできない生き方に対する、複雑な思いです。

ひとつの時代を知ることができる一冊です。


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