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九月の星々、ふりかえり|140字小説

140字小説コンテスト「月々の星々」
九月のお題は「実」でした。

no.3が予選通過しました。ありがとうございます。
九月……何してたのかな、ってくらい記憶がないです。頑張って生きて、生かしていました。悲しいことが多くてよく泣いていました。
ではふりかえり。

no.1
実母に会いに行くという息子を止めることはできなかった。自分が養子だと偶然知って、裏切られたと思うのも当然だ。荷造りをする背に「夕飯は?」と問う。返事はなかった。
貴方の幸せを願っている。それが此処になくても。この感情を愛と呼ばずに何と呼ぶのか分からない。ただいつもの食卓を整える。

食卓を整えるのは愛だよ。私一人だけだったらポテチとお酒で済ませてしまう夜も、子どもがいると思えばへろへろしながらおかずを揃えるよ。冷食もミールキットも使うけどさ。切っただけのトマトとりんごとかだけどさ。

no.2
ナラクはいつも口を開けて、哀れな小鳥や木の実が落ちてくるのを待っている。ナラクは大体空腹で、時々しくしく泣いてみたり、妙に気さくに笑いかけてきたり、かと思えばやっぱりただのナラクで、黒々と口を開けている。ナラクは無、ナラクは敵、ナラクは恐怖、ナラクは隣人。木の実一つでどうか眠れ。

病んでますねぇ。いくら危険に備えたって対策をしたって、最後は祈るしかない。私と私の大切な人たちがおそろしいことにつかまらないように。

no.3
秋の夕暮の輝く橙も、薄桃色も、父の目には全て茶色の濃淡に映るのだという。私の目に映る事実が共通の真実ではないと初めて知った時は驚いたが、父は私の顔を見て「伝わってるから大丈夫」と笑っていた。同じ夕焼け空の下、同じ光を見ている人なんて本当は誰もいなくても、同じ景色をきっと見ていた。

私の見ている赤を貴方も見ているとは限らない。私にはただの暗闇でも、貴方はかすかな星を見ているのかもしれない。
燃えるような夕焼けを美しいと思う人もいれば、怖いと感じる人もいるでしょう。
視力、性差、年齢、文化。様々な隔たりの下で、それぞれ違う夕焼けを見て、一緒にいる。

no.4
庭の彼岸花が実を結んだので、摘み取って氷砂糖と一緒に酒に漬けた。花弁も漬け込み、赤く色が滲み出たところで笊で濾す。とろりと砂糖が溶けたころ、年経た琥珀のように深みの増した液体を口に含むと、酒気とともに亡き人の記憶が立ち上った。瞑った眼裏に散る面影の火花。花酒の齎す酩酊に身を浸す。

「庭の彼岸花が実を結んだ」というフレーズを使いたかっただけで、特に意味はないのです。

no.5
実らなかった夢をガラクタ屋に引き取ってもらった。夢はリサイクルされてまた誰かの胸に植えられる。廃品回収された夢なんて嫌じゃないかと思うが、夢の生み出し方すらわからない人もいるから結構需要はあるらしい。夢が植わっていた場所をさする。ぽっかりと穴が空いている。言い訳と諦観で蓋をする。

五作目がなかなか書き上がらなくて、書きかけのものばかり溜まっていって、そんな中でえーい!と書いたもの。書き上げられなかったやつもいつか芽吹くといいんだけれど、と下書きだけ溜まっていきます。




以上、ふりかえりでした。
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