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中学受験のなれの果て:その先に見えたものは

以前ライティング講座を受講した時に書いた
「子供の中学受験」をテーマにした文章です。
よろしければ、子育ての参考にしていただければと思います。


【中学受験のなれの果て その先に見えたものは】

雨上がりの夕方、職場からの帰り道。

消防署の前を通る時、いつも思い出す光景がある。

その時、私は走っていた。
携帯を握りしめ必死だった。

何度電話をしても出ない息子の事が心配でたまらなかったから……。

 「布村さんの所は、受験させるの?」
この一言から息子と私の中学受験は始まった。
九州の山奥で育ち、ずっと公立の学校だった私には、
中学受験は無縁のものだったのに……。

「この辺りの子は、たいてい受験して私立に行くよ」

もうすぐ小4。
尼崎という土地柄、公立の中学に進ませるのは迷いがあった。
入塾テストだけ受けさせればいいか。結果を見て考えよう。

私は何の覚悟もないまま、軽い気持ちで申し込みをした。

それが、この後、あれほど息子を苦しめる事になるなんて、その時は想像もしていなかった……。

乗り気でない息子を説き伏せ、塾に入れ受験をさせたのは、
今考えると親の見栄だったのかもしれない。

一応、私立の中高一貫校に入った息子。
私の中で、入学さえさせれば、後は学校が勉強をみてくれて、希望の大学に進学させてくれるはず。そんな甘えがあった。

しかし息子の気質と合わない学校生活は、彼にとって苦痛の連続。
学期ごとの懇談で、協調性のなさを注意され、
私はいつも針のむしろに座っているような気持ち。

それでも成績は伸び、登校は続けていた。
だが、高2の秋に事件は起こった。

同級生にやじられ、かっとなった息子は昔習っていた空手の技を使い
相手の顔面にけりを入れた。
本人は直前で止めるつもりだったらしい。
でも相手のメガネが壊れ、顔にけがをさせた。

当たり所が悪ければ失明。
当然、指導が入る。
自宅謹慎が続いていた数日間、息子の様子は明らかに変だった。

そんな状態でも仕事を優先させた私。
息子から逃げた。

仕事が終わり、息子の暗い表情が頭に浮かぶ。
電話をかける。
つながらない。
聞こえてくるのは呼び出し音だけ。

ひょっとして「自殺でもしていたらどうしよう!」

動悸が早くなる。
不安が体中に広がる。
電車に乗っていても走り出したくなる。
生きた心地がしなかった。

帰宅した私を待っていたのは、自分の部屋で布団にくるまり寝込んでいる息子の姿。

そっと触る。
あたたかい。
それだけでいい。
もう学校はやめてもいい。

この子が、
どうしたら幸せになるか、それだけを考えよう。

ほっとして涙が止まらない。
その時、私の中で学歴に対する考えが大きく変わった。

3歳下の娘では進路選びで失敗したくなかった。
息子の事で中学受験に慎重になっていた私。
「中学、どうする?」
何度も話を聞き、私学の受験については自分で決めさせた。

中高一貫の6年間は長い。
自分の気持ちをあまり表に出さない娘には、自分に合わない学校で苦労して欲しくなかった。

そして、娘も私立の中高一貫校に入学。

これだけ気配りをしたのだから、娘の学校生活は順調なはず。
勝手に思い込んでいた私。

ある日、自宅マンションの自転車置き場で帰宅した娘とばったり会った。

「ひょっとして、泣いてるの?」
一瞬、娘の頬に涙が光っている気がした。

滅多なことでは泣かない娘。
出かける所で急いでいた私。
雨のせいかと思い直した。
当時、息子の学校でのトラブルで手一杯だった私は、娘の異変に目をつぶった……。

それから間もなく、娘はクラスメートとの関係がこじれ、不満が爆発。
髪を染め派手な服を着て、遊び回るようになる。

学校からの呼び出しとお説教。
中3だった娘の進路変更を考えた。
高校を受け直してはどうかと。

でも彼女は自分だけが逃げ出すのは嫌だと、高校進学を選ぶ。

結局2人とも志望していた大学に入学。
でも就活で苦労し卒業後選んだ仕事は、その大学を卒業しなくてもやれた仕事。

何のための中学受験だった? 
その学校に行くのは本当に必要だった?
就職までの道のりは本当に正しかった? 
今となっては分からない。

中学受験は登山に似ている。
より高い険しい山を目指すのなら、ちゃんとした地図やガイドが必要だった。

ただ大学卒業を山の頂だとするならば、そこまでにたどった道で経験した事は、きっと子供達にとって必要だった。
これからの彼らの人生に活かされるに違いない。

皮肉な事に、私の仕事は私立の中高一貫校での非常勤講師。
ちょうど息子が小6の受験の年に始めた仕事。

自分自身が働いていたから私学という選択を過信していたのかもしれない。
自分のプライドのために子供達を中学受験に誘導したのかもしれない。

今、子供の中学受験を考えている人がいるならば、私は聞きたい。

「あなたに覚悟は出来ていますか?」
子供と一緒に、決して平坦ではない山を登りながら様々な風景を見る覚悟が……。

どんなルートをたどっても、きっと大丈夫。
子供達には人生を切り開く力がある。

大人が出来るのは地図を一緒に見ながら、自分の選んだ道を登っていく彼らを見守っていく事だけ。

子供達の可能性を信じ、信頼に足りるガイドになる事で、自信を持って社会に出て行ける子が、きっと増えていくはず。

〈終わり〉