都市部集中の優位性崩壊時代の到来

オリンピックの延期が決まったが、基本的に2020年は、このオリンピックのお陰で、私のライフワークというか人生をかけてやってる山下達郎さんのライブツアーがやれなくなった。

これが来年にオリンピックをやることになったら、2021年はどうなるのかな。それだけが気になっている谷田です。

ついに、私の前厄は、国民的行事であるオリンピックまでも延期に追い込んだ。本当に責任を感じています。(嘘)


コロナ以前・以後で私たちの世界は『何か』が変わるような気がしている。

私は、その『何か』は、それぞれ違うだろうと考えるので、それが『何か』はそれぞれで考えて頂ければいいと思う。ただ。今回の一連のことで大きく変わったことはリモートでのコミュニケーションが意外にやれるなって思ったことで、おそらくこれは東京という街に居なければいけないという『なんとなく』の優位性が崩壊したことを意味するように個人的には考えている。

今日はそんなことを書きます。

東京羨望症からの脱却

私は、企画・演出を生業とするクリエーターだ。そんな私は東京という街の魅力は、経済的なスケールにあるとずっと信じていた。誰しもが、クリエーターなら一度は勝負してみたい場所が東京だと思う人も多いのではないか。

東京は間違いなく世界的に人、サービスが集まる場所であり、物質経済を象徴する街であることは言うまでもない。私の場合は『クリエーターにとって』という限定をつけて語ることにしたい。なぜなら、私はそのこと以外については責任を持って書くことができないからである。

私の生まれは、兵庫県の丹波篠山市という田舎町だ。最近でこそ、多くの移住者が増えて、それっぽい街になった。良くも悪くも『それっぽい』街だ。

外から地元を見ていて、昨今の発展と呼べるか解らない街の変貌は、私には田舎の統一フォーマットにおける都市化(東京化)に思えてならない。東京には隙がないのだ。そして、個性的な街というイメージがどうしても田舎からは羨望なのだ。

お洒落なカフェができたり、イタリアンができたり、私が青春時代を過ごした頃は明るい電球に虫が集るが如く『ローソンができたらそこに若者が集う』という実に可愛らしいものだった。夏祭りに精一杯お洒落をして集まるみたいな文化を今では懐かしく思い出す。

そんな日々の中、現在の変わりゆく地元(地方)の状態を見て、東京に飽きる程行くことができるようになったから感じているのかも知れないが、そんな私の頭に浮かぶのが『また街がひとつ。腐海に沈んだ』という伝説の戦士ユパ様の言葉だ。

昔ながらの隙がなくなるとどうなるか。
面白いか?そんな街。

常に私はそんなことを考えながら東京に近づくことが便利になるという田舎がかかる病『東京羨望症』を患い、洗脳に近い価値観に侵され、個性が失われてく地元を眺めているのだ。

東京はお洒落。東京はかっこいい。東京はすごい。東京は都会。
田舎に生まれた若かりし日の私も、いつか東京に行って、成功したいと夢見たものだ。

私は、そうした青春時代を経て、大人になったのだ。

私は紆余曲折を経て、そんな私が現在では自身の会社の本社機能を東京港区に置いている。文字通り東京進出を果たしたのだ。これで勝負ができると当時の私は感慨に浸ったものだ。憧れていた仲間や、楽しい仕事仲間もたくさん住むこの東京で一旗あげようと息巻いたことを思い出す。

それでも『東京に暮さない』と言う選択。

サラリーマン時代から頻繁に東京を往復するようになった。

生活は一変した。新幹線での往復は最初のうちはモチベーションを維持できた。しかし、ものには限度というものがあり、この移動にかかる金銭的コストと、時間的コストは後に現実問題としてのしかかってくる。

独立し、起業してから更に往復の回数も増えた。

そして、東京に本社を移したのだが、私は今、関西に居る。
『もうこっちに住んだ方がいいんんじゃない?』と言われることにも正直飽きた。誤解がないように申し上げておくと、別に東京は苦手ではあるが嫌いではない。どこのクライアントでも仕事は楽しいのだ。

よく言われるのが『東京にオフィスがあるんですね?どれくらいの頻度で来ているんですか?』『東京にはスタッフ何人いるんですか?』『このためにわざわざ来てもらったんですか?』『東京にオフィスがあると安心ですね』などなど。

正直申し上げよう。『それって仕事に関係なくない?』

東京はとにかく家賃が高い。尋常じゃない。
港区で3LDK100平米の物件を借りたら40万なら安いほうだ。東京・大阪間の新幹線が3万ちょっとだから、10回分となる。ひと月10回来ることは流石にそんな頻度ではないから東京に物件借りてるコストと大して変わらないのに、割と前述したようなことを言われることが多い。

近くに居ても先方で打ち合わせすることが出来ない今の状況を考えるとリモートで大阪・東京間で打ち合わせが、全く問題ないことを証明してしまったことになる。

しかし、人と会わないのが良いわけではない。会えればそれに越したことはないが、私がここで言いたいことは、東京拠点が良いと言う妄想は抱くに値せず、クリエーターにとっての東京という街の土地的優位性はほぼ無くなったと言うことだ。これは、地方に拠点を置くクリエーターにとっては大きなチャンスだと言えるのではないか…。クリエーター戦国時代の到来を期待せずにはいられない。

何を隠そう、私自身はこの状況でも、なお人と会うことが何よりも重要だと思っている人間の一人だ。

私の大阪のオフィスは、大阪市の北区にあるオフィスビル。このビルの最上階と下の階の2フロアを借りている。東京で同条件の物件を借りようとすると、80万円は確実にかかる。(もっとかも知れない。)しかし、私の大阪のオフィスはとても仕事がしやすく、通勤も自宅から電車なら30分。車なら20分だ。この環境を手に入れることは東京ではなかなか難しいものがある。仕事をする上で最も重要なことは環境だと言うのがクリエーターとして、経営者としての私の大切にしていることだ。

幅1.6mを超える社員ひとりひとりが使う大きな机、27インチのモニター、座り心地の良い椅子、大切なお客様の情報を保管する為の壁一面の電子施錠付きロッカー。良い眺望。テレビ会議用に使う70インチのモニター。冷蔵庫の中の誰でも無料で飲める特茶。美味しいコーヒー。充実の文房具。お客様用のドリンク。全ては事務所という空間に置かれるものだ。

これらの環境を全て東京で用意しようとしたならば、私達のギャランティーは家賃に食われて消えてしまうことも考えられる。当然、社員は収入から自身の家の家賃を払うことになる。そう考えた時に拠点をどこにするのが良いかと言う私の結論は大阪に居ると言うことだった。物価も家賃も安いこの大阪という場所が、むしろ優位性があると思ったのが理由である。

もっと話をしよう。

今日、私がこのnoteで言いたいことは、こんな時代だからこそ、リモートワークで仕事ができるという時代になったんだから、もっとテクノロジーを使って話をしようということだ。

こんな時代だからこそ、ZOOMやTeams、Skypeなどのテクノロジーを使ってもっと私たちクリエーターは話をすべきだと思う。

テキストでやり取りするメディアでことで事足りることがあまり私たちの職種には通用しないのだが、中にはLINEだけで仕事しているという人も居る。

時間を決めて、30分で議論をしようとか、60分で一緒にブレストしようというコミュニケーションが『時間を奪っている』と感じる輩は、テキストベースになった段階でしか判断しなくて良い、決定者の立ち位置から動けない人間だと私は思う。クリエーティブではありえないことだ。そんなことを曰う輩とはこっちから仕事はできないし、お断りすることにしている。

ますます、直接会って話をすることの価値が高まっていくと私は考えているし、こんな時代だからこそ、私たちは顔を見ながら話をすべきだと私は思う。そうすれば気づくことがもっとたくさんあるはずだからだ。

この今の状況はそんなクリエーターのコミュニケーションに好都合な追い風になると私は考えている。

現に私の会社でも今回の件をきっかけに以下のことを行った。

株式会社SPOONの行ったこと
・社内コミュニケーションのためのグループウエアの導入
・グループウエア導入に伴う社内規定の見直し
・スケジュール管理ならびに勤怠管理の徹底
・自宅によるリモートワークの導入
・社内・外会議のリモート会議の導入

私たちのような小さな会社でも、これだけの改革ができたのだ。
私たちは、この一連の件によって働き方を変えることができた。

個人的に大きな変化は『移動は愛車か飛行機で』だ。

今日もいっぱい会議がある。楽しみだ。

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