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【 #ティアマトの11の怪物 】神話記録についての解説【1】

はじめに

ティアマトの11の怪物は古代オリエント神話において何度もモチーフとして登場し、また女神ティアマトとその怪物たちの名前は古代オリエントの世界を超えて様々な文化、近年でも創作において使われていたりします。
しかし、そもそもの非常に資料が少なく、漠然としたイメージだけが伝わっている状況であったりします。

そこで、本noteはその最も古く残っている「エヌマ・エリシュ」をベースに、各種資料を加えてこのティアマトとその11の怪物をできるだけ分かりやすく再現しようと試みたものです。

本noteはまずベースになる情報について説明した後、各怪物についての解説から入り、最後にティアマト本人、そしてティアマトに関わる各人物・神等を解説していきます。

本書noteの執筆に当たっては、F. A. M. Wiggermann教授による「MESOPOTAMIAN PROTECTIVE SPIRITS THE RITUAL TEXTS」を大いに参考にしており、特に注釈がない場合は、この同氏の当該著書を基にしております。
それ以外の参考文献に関しては当記事の文末にあらかじめまとめて記載いたします。

古代オリエントの神話とは

さて冒頭から出ている「エヌマ・エリシュ(Enuma Els)」ですが、これは簡単に言えばキリスト教での聖書、仏教の仏典に当ります。
文章で古代オリエントの創世神話が語られており、神々の抗争と人類の誕生、そして、人類誕生において神々がいかなる役割を果たしているのか、を記述したものになります。

形態としては叙事詩の形を取っており、その意味では後世の宗教の教典よりもギリシャ神話のホメロスの詩等に近いのものですが、古代オリエントにおける聖典として重要な扱いを受けていただろうと想像されています。

原典はメソポタミア文明の象徴である楔形文字で書かれていますが、当時のメソポタミア文明は既に他民族国家であり、主要な言語であるシュメール語とアッカド語の両方で冒頭が記述され、本文に入ってからは複数の用語が併用されるなど他民族統治を念頭に置いた作りになっています。

楔形文字は粘土板(タブレット)に書かれているのですが、エヌマ・エリシュは全部で7つの大きなタブレットで構成され、内容を区切って章立てされているので言語的な難しさを除けば全体の概要解釈はそれほど困難ではありません。
1つのタブレット=1章は140前後の行で構成され、1行は10単語前後で構成された詩ですから、短編小説程度の分量です。

しかし、実物のタブレットは無数のピースに砕けており、更にそのピースは必ずしも同時代に作成されたものではないことが分かっています。
古いものは紀元前3000年シュメール初期頃と想定されていますが、新しいものは紀元前600年頃の新バビロニア時代と考えられ、実に数千年の差があってもおかしくはないのです。
もちろん文明崩壊と長い年月で発掘された際にタブレットが壊れていたということもありますが、同時にこのタブレット自体が長期に渡って更新されてきたという事も指摘されています。

つまり、古代オリエントの神話というのは、ある段階で一応の完成を見たわけではなく、常に変化し続ける神話であったということであり、これはこの後の神々や怪物を理解する上でも重要な概念になっています。
現代の我々は類まれなる努力でほとんど完成形となっている聖書(*それでも多くの議論はありますが)や、後世の研究でそこそこまとまった姿が構築されたギリシャ・ローマ神話、そこそこの内容齟齬はあるものの古事記や日本書紀でまとめようとしていた日本神話等々の感覚をベースにしてしまうのですが、そもそも神話というのはとても流動的であり、決まった形を持つのは稀でした。
その流動的だった神話も、社会変革によって固まっていく時期があり、記載された文章や考古学的遺物、そして伝統を守る団体や人々の努力があって後世に残ったものを私達が目にしているに過ぎないわけです。

残念ながら、古代オリエントの宗教を後世に残した人々は現代に残りませんでした。
また、ギリシャやローマの神話ほど何度も後世にモチーフにされ続け、研究と創作が繰り返されたわけでもありません。

そうなってしまったらどうしなければいけないかというと、考古学的遺物や他の文献記録と合わせて当時の人々が語っていた・見ていた神話を再現していく必要があるわけです。
その再現に使う資料も時代が大きくずれた他の詩であったり伝承であったりします。

古代オリエントの神話は確かに曖昧です。ですが、中近東の広大な範囲を支配していたのであり、その地域のみならず周辺地域への影響は計り知れませんでした。
欧州やアジアの神話への影響も指摘されており、古代オリエントの神話がわからないと欧州、アフリカ、アジアの古代の人々、そして、我々の先祖が残した記述の真意が読めない、という部分も少なくないのです。

本noteの意義

現代のおいても古代の怪物は魅力的なモチーフとして各種創作、小説、映画、アニメ、ゲームにおいて人気です。
新たな創作をしようとするときに過去を振り返らずに行うのは困難であり、人間何かしら以前に作られたものを基に創作を行うことになります。
そうすると、何かしらネタはないかと資料を探るのですが、登場する人物・キャラクターにせよ、その敵となる怪物にせよ、同じようなモチーフを使い回していると飽きが来るといいますか、ぶっちゃけ別に何個も作らなくてよいのでは?となってきます。
だからこそ、人は新たなモチーフ探しに躍起になっており、"独創的な作品"と評されたくば、いかに人がなかなか手を付けないものを理解して使いこなすかが重要です。

こういったニーズの中、「ファンタジー図鑑」といった神話や伝承を基に解説をしている書籍も少なくはありません。
しかし、ただその解説を読んでもイマイチ想像が湧かない、わざわざ描く気にならないという人も少なくはないと思います。
その理由は西洋、ギリシャ、エジプトの神話といったモチーフに比べて創作における深堀りがあまりにも少ないからです(*もちろん熱心な人にしてみたら、まだまだこれらも深堀出来る要素があるとは思いますが)。
なので、その深堀を助けるためのツールとして使ってほしいというのが本noteの意義になります。

実は、とわざわざ言わなくてもご存じの人は多いのでしょうが、本noteの主役とでも言える女神"ティアマト"は何度も創作に使われている人気モチーフです。
使われる頻度はティアマトより下がりますが、ムシュフシュ、ギルタブルル、そしてその他の中で解説するパズズも検索をかければそれなりの数が出てくるでしょう。
でも、やっぱりなんとなく地味といいますか、聞いたことがあるけどイマイチイメージできない。ユニコーンとかフェニックスとかアヌビスと言われたら思い浮かぶし、創作に使いたくなるのに、ムシュフシュ……なんだかマニアック過ぎて、といった流れになってしまいます。

これは単純な知名度もあるのですが、先も書いたように深堀が足りない、のも原因の一つじゃないかと思っています。
ですので、現在使われている創作モチーフとしての彼らについても解説し、考古学・神話的事象からどう深堀していくか、といったところも書いていきます。

読み終わった後、もしくは一部を読んででも、読者の更なる創作もしくは興味の手助けになればこれ以上の喜びはありません。

それでは魅力ある古代オリエント神話の世界の一端に触れてみましょう。

全体の構成

1、神話記録についての解説(*当記事)
2、ムシュマッヘ【7つ首の蛇】
3、ウシュムガル【偉大なる竜】
4、バシュム【毒蛇】
5、ムシュフシュ【蠍尾の炎竜】
6、ラハム【海獣】
7、ウガルルム【巨大な獅子】
8、ウリディンム【狂犬】
9、ギルタブルル【サソリ人間】
10、ウーム―・ダブルトゥ【嵐の魔物】
11、クルール【魚人間】
12、クサリク【不思議な野牛】
13、その他の怪物たち【エヌマ・エリシュから除かれた怪物達】
14、ティアマト【真の姿を葬られた女神】
15、ティアマトに関連する神々
16、終わりに

参考文献

順不同・敬称略。書籍名, 著者、発行年、出版社/発行体等 となっています。
また、本文中で参照・引用する際は、(著者 発行年)のような形で参考元を示します。

 MESOPOTAMIAN PROTECTIVE SPIRITS THE RITUAL TEXTS, F. A. M. Wiggermann, 1992, SIYX&PP PUBLICATIONS GRONINGEN

 筑摩世界文学大系1:古代オリエント集, 五味亨・杉勇・後藤光一郎・柴山栄・轟俊二郎・佐藤進・屋形禎亮ほか 訳, 1978, 筑摩書房
※本書は現在絶版により入手困難です。以下の本が本書の一部復刻・再構成と聞き及んでいますが未確認です。
 シュメール神話集成 (ちくま学芸文庫), 杉勇・尾崎亨 訳, 2015, 筑摩書房

 Lucas's Semitic  Cert and Translation Series: THE SEVEN TABLETS OF CREATION, L.W. King, 1902, LUZAC and CO.

 The Battle between Marduk and Tiamat, T. Jacobsen, 1968, Journal of the American Oriental Society, Vol. 88, No. 1.

 The God Ninurta, A. Annus, 2002, University of Tartu

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