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夜明け前のあの日に(2)

さて、そうしたわけで、「初めての転職活動」に手を染めることになった。
はじめに会いに行ったのは、丁寧な対応だと評判を聞いた会社のエージェント・Dさん。そして翌日のほぼ同じ時刻に、中高年の転職に定評があるという会社のエージェント・Rさんに会った。

それぞれ、面談の冒頭で、
「大変申し訳ないけれど、できれば転職したくないのです。ほぼ、冷やかしです」
と断った。
そして、ぜんざい公社との2年近い闘いが一向に収束しない状況を伝え、このまま退職に追い込まれた場合に自分にどんな道があるのか、また昨今の転職市場の相場や動向を教えてほしいと頼んだ。
一銭にもならないこの面談に、DさんもRさんも2時間という時間を割いてくれた。

私の会社は無茶振りが得意技で、おかげで私の業務経歴は相当にイレギュラーだ。
伝統工芸品の営業として仕事を始めたはずが、イベントホールで運営管理に経理統括、企画制作業を兼任し、webニュース配信の会社では記者や編集者、広報の真似事をし、気づけば知識ゼロからスマホアプリの開発をしていた。
配属の子会社名や部署名に意味不明なキラキラネームが多いのも特徴で、経歴書を見ても「コイツは何ができる奴なのか」が、全くわからない。

柔らかな物腰のDさんは、そんな私の経歴を、「何だってできますよ」と肯定してくれた。
そして、具体的にどの経験がどんな仕事に繋がりそうなのか、どんな需要がありそうなのか、一つひとつの経験を取り上げて、丁寧に説明をしてくれた。「喰いっぱぐれずに済むかも」と思えた瞬間だった。
一見クールなRさんは、ぜんざい公社の対応に本気で憤ってくれた。この件で私より怒る人を、私は初めて見た。
持ち合わせのどの経験や知識を組み合わせて使い、何を補強して、管理職や長く働ける専門職への道を開くか、戦略を立てくれた。今の会社に戻る戻らないは別に、いつどのタイミングで進路修正を検討をすべきかもアドバイスをくれた。

潮目が変わる時は、一気に変わる。
この2人と会った頃から、ぜんざい公社の対応が軟化してきた。程なく私は、休職から2年半もの間「本当に実在するのか?」と疑っていた産業医との面談を果たし、「復職可能」の診断を手に入れる。しかしそこに、また落とし穴があった。

続きます。。。 前回のお話はこちら↓↓↓


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