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アップサイクルが生む新たな価値: 消防ホースが野球用バットケースへ (元教授、定年退職182日目)

最近、「アップサイクル」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。通常の「リサイクル」は不要になったものを一度資源(原料)に戻してから再利用するのに対し、「アップサイクル」は資源には戻さず、そのまま再利用します。つまり、廃材や古くなったものを、素材やその形を活かして新たな製品に生まれ変わらせるのです。「アップ」には、元のものよりも高い価値を付加するという意味も含まれています。

<追記>科学の分野でも「アップコンバージョン」という似た概念があります。これは、長波長の低エネルギー光を短波長の高エネルギー光に変換する技術で、産業や医療の分野で利用が進んでいます。


大阪産業創造館で配付されていた「ビープラッツ・プレス 238号」の特集「『こんなもの』からアップサイクル」を見て、廃材から生まれ変わった高付加価値の製品をいくつか知りました(タイトル写真:注1)。その中から今回は、興味深い事例を紹介いたします。


消防ホースが野球用バットケースに生まれ変わるまで

大阪の縫製会社、(株)福永は、使わなくなった消防用ホースなどから様々な製品を製作しています(下写真)。同社はもともと、分厚くて固い素材の「厚物縫製」を得意としており、バッグやバットケースはその技術を活かした製品の例です。

「厚物縫製」を得意とする(株)福永(注2)


この取り組みは2008年、インターネットの掲示板に「厚物何でも縫えます」と呼びかけたことがきっかけでした。すると「消火栓に収納されている古い消防用ホースを素材にバッグを作って欲しい」との相談が舞い込み、それが事業化に至ったのです。このような驚くべき始まりに、彼らのフットワークの軽さを羨ましく感じます。

最初は、ホースを巻き上げて筒状にした後、縫い合わせたバッグを商品化しました(下写真)。その後、ユニークな素材が注目され、テレビ番組でも取り上げられ、新たな依頼が相次ぐようになったそうです(私もこの会社の取り組みをテレビ番組で見たことがあります)。

ホースを巻き上げて筒状にした後、縫い合わせたバッグ(注2)


さらに、親戚の子からのリクエストにより、泥で汚れやすい野球用のバットケースの製作に取り組むことになりました。ホースの内側を表地に使用することで、水洗いで汚れが落ち、雨にも強いバットケースが誕生しました。「チェンジアップ」と名付けられたこのバットケースは好評を博し、今では高速道路の横断幕やヨットの帆布、エアバッグなど、様々な廃材を活用した製品開発の相談が寄せられています。こうした取り組みは、環境への配慮とビジネスの両立を示す典型的な例と言えるでしょう。(下写真)

消防ホースが野球用バットケースに生まれ変わる(注2)
高速道路の横断幕から作ったバッグ(注2)



野球用バットケースが無かったため起こった勘違い

野球用バットケースで思い出すのは、私が大学の学部生だった頃のことです。半世紀近く前の話ですが、体育会のソフトボール部に所属していた私は、1回生(関西では1年生のことをそう呼びます)として、手分けして、十本近いバットを下宿に持ち帰っていました。これは、当時部室が使用できなかったためです。

ある日の朝7時すぎ、数本の金属バットを持って下宿から大学グラウンドに向かいました(大学生には珍しい、早朝の7時半が練習開始でした)。大学の門をくぐったところで、突然、ヘルメットを被り警棒を持った機動隊の隊員たちに囲まれました。

<追記> そのころ、私の在籍していた大学はまだ学生運動が残っていて、大学の時計台には「○○処分反対」という大きな文字が描かれていました。入学式はヘルメットを被った学生達に一時乗っ取られ、授業も時折中断されていました(私はノンポリだった(政治に興味がなかった)ので、あまり関係ありませんでしたが)。特にその時は「ハイジャック、断固支持」などの過激な立て看板があったため、機動隊のバスが大学前に常駐し、隊員が多数待機していました。

彼らが近づいてきてまず驚いたのは、機動隊の隊員は皆、デカイのです。その隊員達に囲まれ、私は非常に緊張しました。口調こそ穏やかでしたが、太い声で「こんな早朝に、その金属バットは何のため?」と聞かれました。私は精一杯平静を装って「いや、クラブで・・・」と言うと、彼らは顔を見合わせ、安堵の表情で「そうか、じゃあ頑張って」と言ってバスに戻って行きました。その後、もちろん、グラウンドではその話題で持ちきりでした。


バットケースの話をきっかけに、懐かしい思い出が蘇りました。今思えば、バットケースがあればこんな誤解は招かなかったかもしれません(笑)。話が逸れてしまいましたが、アップサイクルは、廃材に新しい命を吹き込み、新たな価値を生み出す可能性を秘めています。今後もいくつかの事例を紹介していきたいと思います。


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注1:ビープラッツ・プレス 238号「『こんなもの』からアップサイクル」、大阪産業創造館より
注2:(株)福永 ホームページより  https://www.fukunaga-bag.com


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