元教授、授業を振り返る： コンピュータとチョーク（定年退職156日目）
現職時代を振り返ると、2000年過ぎくらいまでは黒板とチョークが授業の必需品でした。その後、オーバーヘッド・プロジェクタ（OHP）を使うようになり、少しずつ授業風景も変化していきました。OHPは透明なシートに書いた内容をスクリーンに映し出すもので、必要に応じて紙で隠しながら説明を進めていきました（下写真）。数年後には、その透明なシートがコピー機でカラー印刷できるようになったことで、さらに使い勝手が向上しました。
2005年頃からは、コンピュータ（パワーポイント）を使用しスクリーンに映して授業を行うようになりました。学会の発表ではそれ以前からコンピュータで講演をしていましたが、当初は「授業には馴染まない」と考えていました。しかし、試しに授業で使ってみると、学生から予想外に好評で、「情報量が多く、スピーディーでわかりやすい」との評価でした。ただ、文字の大きさや情報量には工夫が必要で、文字を大きくしたり、一行ずつ表示したりと試行錯誤を重ねました。最後の数年間は、GoodNotesというソフトを導入し、図の拡大や書き込み機能も活用していました。
このように、私の授業は時代の流れとともに変化していきましたが、一貫して黒板とチョークを使用していた学科がありました。それが数学科(専攻)です。大学全体でデジタル化が進み、どの教室にもプロジェクタやスクリーンが完備されても、数学科の先生方は揺るぎませんでした。教務関係の業務で尋ねたところ、「チョークで書きながら思考を進めるスタイルが数学には不可欠で、それなしでは授業は成り立たない」と強い信念をお持ちでした。
さらに興味深いのは、チョーク自体にも強いこだわりがあったことです。詳しく聞いてみると、考えながらチョークで数式を書いていく際、途中でチョークが折れてしまうと思考が途切れてしまうことがあるのだそうです。多くの数学科の教授室にも黒板が設置されており、授業だけでなく、研究の際にもチョークが使われているとのことでした。そのため、折れにくく、書きやすい高品質なチョークが求められ、特に「羽衣文具(株)で作っているチョークが書きやすく、しかも折れにくい。世界中の数学者がこれを使っている」と絶賛していました（タイトル写真は「羽衣文具株式会社「ぼくの好きな先生」篇」から(注１)。「Why the World’s Best Mathematicians Are Hoarding Chalk」というYouTubeも見つけました。下写真はその中から(注２)）。
ただ問題がありました。その会社は後継者不足のため廃業の危機にあり、近い将来そのチョークが手に入らなくなるというのです。世界中の数学者がこの噂を聞き、買い占めを始めたそうです。彼らにとっては、研究の進捗に影響する一大事なのです。この話は10年ほど前のことで、その後、海外の会社などが事業を引き継いだという噂を耳にしましたが、真相は定かではありません。
そんな話を思い出していた矢先、先日見ていたTBS「がっちりマンデー！！」で、過去のベスト集が放送されており、新しい黒板システムが紹介されていました。それは(株)サカワ社のワイードという製品で、従来の黒板とプロジェクタの長所を融合させたものでした（下写真）。プロジェクタが黒板の上部に設置されており、黒板に映像を投影しながら、その上にチョークで書き込めるので評判となったそうです。例えば、問題を映してその解答や説明をチョークで書き込んだり、五線譜に音符を書き加えたりできます。その結果、番組の司会者が「なるほど！」や「すごい！」と何度も驚いていました。私も思わず「なるほど！」と納得しました。
このように、教育現場においても優れた装置やシステムが次々と開発されていることに、新しい物好きの私は単純にワクワクする気持ちを感じずにはいられません。しかし、数学科の授業風景は、これからも大きく変わることはないでしょう。それは、数学という学問の奥深さを表しているようにも思えます。
本日はこの辺りで筆を置きたいと思います。では、また。
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注１：羽衣文具株式会社「ぼくの好きな先生」篇（hotfurusatoCH）よりhttps://www.youtube.com/watch?v=gHjx391ebPI
注２：Why the World’s Best Mathematicians Are Hoarding Chalkよりhttps://www.youtube.com/watch?v=PhNUjg9X4g8&t=143s
注３：TBSテレビの「がっちりマンデー！！」番組より
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