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【映画感想文】レコードと時間の過ごし方と「BLUE GIANT」

 「休日の朝になると、ジャズやロックのレコードをかけて一日を始めている」
 そう言うと「ずいぶんと優雅な朝の過ごし方でいいな」とか「今の時代にあえてレコードを聴くとか余裕があるな」とか「気取っている自分に酔っているな」とか、ポジティブな感想だったりネガティブな感想だったりいろいろ感じられると思う。別にどう思われてもかまわないのだが、実際やってみると一日の始まりの時点でなにか充実感を得られるような気になるので、それほど悪くないものだと伝えておく。

 筆者がレコードで音楽を聴くようになったのは比較的最近の話で、実は持っている枚数もそれほど多くはない。だいたいがジャズやロックの往年の名盤ばかりで、ややマイナーと呼べそうなラインナップは、インドネシア発のインディーズゲーム「Coffee Talk」のレコード版サウンドトラックとか、たまたまブックオフで見かけてつい購入してしまった「銀河旋風ブライガー」のレコードくらいだろうか。あとは同人音楽サークルとして活動していたときの音源を何曲かまとめて、特注で一枚のレコードにしてもらったものがある。これは世界に3枚しか存在しない激レアなものであるが、記念写真みたいなものなので別に価値は出ないと思う。究極の自己満足。

My Original Record…にへへ。

 そもそもレコードというのは「レトロである」ということ以外のおおむねすべてにおいて、今の時代のトレンドに逆行した存在である。「収納に場所をとる」「管理にも気を配る必要がある」「聴くためにはいちいちレコードを出してプレイヤーに乗せて針を落として、それでも聴けるのはLPレコードでも片面20分程度」「続きを聴くためにはレコードを裏返してまた針を落として…という作業が必要」「早送りも早戻しもできない。ちょっとだけ前や後に進めることもできない」「そもそも売っているところが限られる」「意外と高価」など、列挙すればキリがない。ただ、「アナログな環境からでしか聴くことのできない音」を味わえるとか、「コスパやタイパに囚われず、ただ『音楽を聴く』ためだけの時間を過ごせる」ことなどの前には、先に挙げたデメリットなど些末なものとなる。コスパやタイパを気にしているならばスマホで聴くサブスク音源で十分だろう。「時間を贅沢に使うこと」にレコードの良さの一部があると筆者は考える。

 「音楽のために、時間を贅沢に使う」といえば、ライブやコンサートなどの類もこれに当てはまるかもしれない。これらは「体感・体験する」という付加要素もあるが、そのためにはわざわざチケットをとり、会場まで出かけ(会場が遠方なら宿や交通の手配もする必要が生じる)、時間通りに入場し、決められた開演時間の中で楽しむ、というものだ。これもタイパやコスパを考慮すれば配信されたものを視聴するだけでもいいし、何なら配信すら見ずに、サブスクで済ませてしまえばいい。しかし、現地でしか得られないものも確かに存在する。実際に配信に慣れてすっかり牙を抜かれた人間がライブを現地で観てどうなったかの例は、下記の記事などを参照してほしい(露骨な宣伝)。

 「時間を贅沢に使う」「体感・体験する」の両方に当てはまるものがもう一つあった。映画である。映画を一本観るのに2~3時間はかかることを考慮すると、タイパはあまりよくないかもしれないが、2~3時間の映像作品を映画館の大スクリーンと優れた音響で体験するのにたったの2000円程度しかかからないというのは、なかなかコスパとしては良いのではないかと最近思うようになった(もっとも、同じぐらいの価格で多数の作品を1か月見放題の映像系サブスクと比較してどう思うかは、個人の感性によるということも否定しない)。最近のものであれば、たとえば「RRR」の迫力あるアクションシーンやダンスシーン、「THE FIRST SLUMDANK」のバスケの試合を実際に観ているかのような臨場感などは映画館で体験するからこそ魅力が跳ね上がる良い例だろう。筆者にも「劇場版アイドルマスター 輝きの向こう側へ」の終盤のライブシーンを目当てに、何度も映画館へ足を運んだという経験がある。

 そこで2月17日より劇場公開が始まった「BLUE GIANT」である。この映画は、漫画「BLUE GIANT」シリーズのいわゆる『無印』とか『日本編』と呼ばれるパートのうち、主人公が地元仙台から東京へ上京した後の話の部分について初めて映像化した作品であり、特に音楽の部分についてどこまで原作の勢いを表現できるのか、という点が注目されていると思う。とはいえBLUE GIANTの『音』の部分については、既に「日本最高のジャズの聖地」であるBlue Note Tokyoで開催されたライブなどで、その世界観の再現を図っている(残念ながら筆者は行くことができなかったが)。そして今回の映画の音楽は、Blue Note Tokyoでのライブでもピアノを演奏していた世界的ジャズピアニストの上原ひろみ氏が担当。作中で主人公たちが結成するジャズバンド「JASS」のピアニスト沢辺雪祈のピアノ演奏も上原氏が担当している。とにかく、ライブシーンと劇伴音楽には相当の力が入れられているであろうことが、公開前から容易に推測することができた。

 で、実際に公開日である17日の夜に、筆者は映画BLUE GIANTを観に行った。ネタバレを避けるため作品の内容にはあえて触れないが、期待通りの「圧倒的な音の力」を感じることができる良い作品であった。「気になっているが観に行こうか迷っている」「原作は好きだけどジャズは聴いたことがあまりない」などの理由で迷っている方には「ぜひ劇場のスクリーンと音響で体感してほしい」と伝えたい。というか考え方を変えよう。たったの2000円程度のチケット代という名のミュージックチャージで、国内最高レベルのジャズプレイヤー達が演奏するサウンドを劇場で聴けてしまうのだ。原作好きにはたまらないし、たとえ原作を知らなくとも良い音楽を聴きたいという人にとっては手放しでオススメできる。

 ちなみに筆者の個人的な感想であるが、もしこの映画について100点満点の減点法で点数をつけるなら、ライブシーンの3DCGが若干チープで浮いていることがどうしても気になってしまうという点と、雪祈のスマホに登録されている宮本大の名前がただの「大」になってしまっているという点で(なぜ、ただの「大」だと減点されるのかを知りたい方は、原作漫画を読んでくれ)少し減点して80~90点にせざるを得ないと思った。
 しかし、満点が青天井の加点方式で点数をつけるなら、ライブシーンの圧倒的な迫力、演奏の素晴らしさ、上原氏の作曲によるJASSのオリジナル曲の良さ(原作漫画からは音が聴こえないにも関わらず「原作再現度が高い曲だ…」と思ってしまったほど)、原作の東京編を上手い具合に2時間の枠に収めた脚本、パンフレットがLPレコードを模しているという洒落たデザインであることなど、諸々を評価して5000万点くらいになる。刺さる人にはとにかくぶっ刺さる作品、ということがわかるだろう?

でかい方が映画パンフレット。小さい方が映画サントラ。パンフレットは実際のLPレコードと同じサイズである。オシャレ!

 最後に、ここで冒頭の話に少し戻る。最近、とにかくタイパ・コスパばかり気にして、目の前にあるスマホだけでお手軽に味わえる程度のエンターテイメントで満足しているそこのあんた、もし近くに映画館があるなら、だまされたと思ってBLUE GIANTの映画を観る…というか「聴く」ところから始めてみてはどうだろうか。そこで音楽を体験・体感する楽しさを知ったら、あとはそれこそサブスク等を駆使して好みの音楽をひたすらDigるなり、あえてレコードなどのアナログな音楽に触れてみたり、気になるアーティストのライブやコンサートに足を運んでみたり…楽しいことの入口があちこちにたくさんあることに気が付くはずだ。

 さて、偉そうなことを言ってしまった以上、筆者もぼちぼちアイマス以外のライブにも足を運ばねば…せっかくBillborad-Liveの有料会員なのだし(昨年11月の牧野由依さんのコンサートで良い席を取るために有料会員になっていたのだった)。…ところで誰か一緒に行ってくれたりしませんかね?

Billboard LIVE YOKOHAMA、いいハコです。

どっとはらい。

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