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どっちつかずの状態を憎む

自分はバイクで研究室のある大学まで通っているのですが、快調に車が流れ法定速度ギリギリの速度でかっ飛ばしている時や、逆に渋滞にはまり辺りの暗い薄オレンジ色の道が赤色のテールランプでギラギラと染められている時などにふと思うことがあります。

「このまま同じ状態が続けばいいけど、ある拍子でバイクが予期せぬ挙動をしたら(させてしまったら)怖いな」

PS2や64マリオのRTAでよく使用される位置バグのようなものが起きたらどうしよう、、。自分は向こう水できた道は振り返らない大胆なタイプだと思っていたのですが、考えてもしょうがないようなことが頭をよぎることがあるのだなと女々しく思います。

これは自分が知覚した瞬間からスタートする思考です。自分を第三人称から眺めた時に、居ても立っても居られないような気持ちが働き、そこから動こうとする力が働くみたいです。

思い返すと、映画やドラマなどの良くある流れである、円満な生活、何不自由ない生活を振り返り、幸せに浸る、何か刺激的なモノを望むという流れからの、現地点の脱却という流れに似ているような気がします。つまり、今までののほほんとした平均的で甲乙つけ難い生活と同じ生活を歩まねばならないというプレッシャーを感じた瞬間、自分以外の視点からの監視カメラ的なものが作動し、同じ行動を取り続けるように強制するような感覚です。

私は、人前できちんとした態度を取るのが苦手なものなので、他人との比較対象とならないよう、極端に振り切った行動を取ります。緊張を感じていないかのようにガニ股であくびをして早く終わらないかなとまるで不良を演じる。ガチガチな人間が振り撒かないような笑顔で場の空気を自分から変えていく。噛んだり飛んでも別に気にしちゃいねえように切り替えていく。これらは、自分で自分が緊張していると知覚しないようにする臆病者独自の工夫です。このように他人と自分を意識するからこそ演じる自分を全面に押し出すことで、あたかも他人の中の一部であると見せかける挙動です。これに似ていませんか?

つまり、今までと同じ行動なんて取る必要はないのですね。同じ行動を取ろうとすると動きがガタガタになり、喋りはぎこちなくなり、会話の切れ端がギザギザになります。静ではなく動の行動が極端に取りづらくなります。1ループ外から自分の意志、行動決定をするので変になってしまうのですね。

解決策が見つかりました。自分の心、頭、顔、周りの人間から一方的に派生されるあらゆる情報や雰囲気、直感的選択をありのままに受け止め、自発的な行動をとるのです。それを答え合わせして次に繋げる必要はないとわかりました。

これにより、映画の冒頭の場面でよくある、駅前の風景を引きで撮った時に映る一般人のような何者でもない無個性の存在となることができます。誰が何時におかしな行動を取っていたな、あいつは昨日コーヒーを少しこぼしていたな、あんなに考えても言葉が出てこないのか、などと自分に行動の出来不出来に点数をつける輩なんていません。たまにいますが、「何言ってんのお前ぶっ飛ばすぞ」的な過激派テロリスト的な強目の思考を尾振りかざせば一切怖くありません。他人から見たら自分の行動なんて思考の一端にならず、その人の今ある感情の整理や未来の出来事の漠然とした対処や考えてもしょうがないこと、忍者がビルを飛び移る妄想などに費やされていることでしょう。

あなたが今ある感情が瓦解してしまわぬように緩やかに抱擁し、次第に温まってくる体の芯を知覚しましょう。些細な移り変わりを見逃さないように常にアンテナを張って機敏に気配を察知しましょう。最低限の表面上は取り繕られるような根拠のない自信があれば、自分の感情の方向と勢いに素直になっても生きていけますね。安心です。

今ある悩みは2年後の自分には取るに足らないものです。

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