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「自分のための約束事」の輝きを教えてくれた人

"忘れられない先生"で思い浮かぶのは1人しかいない。

高校のときの現代文の先生。サカイ先生。

わたしは机に向かうのが大の苦手で、成績はたいてい最下位争いに鎬を削っていた。
ただ、現代文だけは別。

とにかく読解問題が得意で、漢字の問題以外は、おおむねパーフェクト。

難しい受験問題をクラスで唯一解いたこともあった。


それは、元々文章を書くことが好きで国語が得意だったというのもあるけど、何よりサカイ先生が大好きで前のめりになれたことが大きい。


サカイ先生を大好きになったきっかけは、梶井基次郎の『檸檬』を扱ったとき。
単純にこの作品に衝撃を受けたというのがまず大きい。

本を読んで初めて、単なる感動とかを超越して全身で興奮した。
衝撃で、ひととおり読み終えたあと1人ひそかに涙を浮かべた。初めて流す類の涙だった。


サカイ先生もこの作品を大絶賛していて、
「この人の言葉は本当に美しいんだ」
と興奮気味に言って『桜の木の下には』のプリントを配ってくれた。

桜の〜もまた傑作で、最初の一文から最後まで鳥肌が止まらなかった。


サカイ先生は授業の中で、
檸檬のなかの積み上げた図書の上に檸檬を置くという行為を引き合いにして、

「君たちには自分だけの自分のための約束事はあるかな」

と問うた。

その質問だけではあまりピンと来なかったが、
サカイ先生は続けて

「たとえば僕は、ひとりになりたいとき、誰も居ない場所じゃなくて都会に行くんだ」

「誰も居ない場所だと、誰かが来たときかえってその人への意識が強くなるでしょ」

「人混みの中にいると、本当の意味でひとりになれる」

分かる!!

私も1人になりたいとき、いつも渋谷に出向くのだ。

俯いてイヤホンをしてスクランブル交差点を渡るとき、最高にひとりぼっちになれる。

とりわけ雨の日がいい!
傘という自分だけのテリトリーは最高!

なんて思っていたところで、なんとサカイ先生も

「特に雨の日に行くのがいいよ」
「傘の中は本当にひとりだ」

と言った!!

サカイ先生!!!!

教室はふふ、と客観するように笑ったけど、私はこんなにニッチな共感を覚えたのが初めてで大興奮していた。


その授業の終わった後、クラスメイトに
「檸檬、すっっごく良くない??」
「サカイ先生の傘の話、メッチャ共感した!!」
と息巻いてみたけど、誰の同意も得られなかった。

「ぜんっぜん共感できない」「意味がわからない」と大不評で。

でも、サカイ先生がいるから大丈夫だった。
全く問題ない!


サカイ先生は250%わたしのことを覚えていないと思う。

担任どころか学年の担当でもなかったし、
何てったってわたしは目立つタイプではない。

先生の言葉に膝を打ったときも、本当に膝を打つことも激しく頷くこともしなかった。
ただじっと感動して、密かに涙を浮かべただけだ。

最後までサカイ先生に、自分が得た感動のことをなにひとつとして伝えられなかった。

あまりにも1人が好きすぎるのか、とっても好きになった人に好きだと伝えるのが不得意なのが厄介だ。


それでも。


サカイ先生が教えてくれた「自分のための約束事」の輝きはわたしのその後の人生を大きく支えている。


働くようになって、逃げたいときのために水族館の年間パスポートを買った。
みんなが神社へお参りに行くように、節目節目に水族館に足を運んではエイに挨拶する。
年パスはわたしにとってかけがえのないお守りになっている。


疲れている帰り道、いつも決まって中途半端なタイミングで点滅してしまう青信号は見送ることにする。
むしゃくしゃしているときは全力疾走する。


頑張りたい日は乗り換え駅でセブンティーンアイスかグレープを買って食べるために10分早く家を出る。

頑張れない日は四六時中、音楽も流さずヘッドホンで耳を塞ぐ。


もちろん、誰にも会いたくない雨の日は渋谷に行く。
少し大きな傘で広く自分のテリトリーを守って歩き、
「本当にひとり」になる。


そういう小さな約束がわたしの日々を彩る。
サカイ先生の教えてくれた彩り。

これからも忘れられそうにない先生のお話。

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