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短編小説:中村は世界を救う

「見て見て、紙ん中にレタスだけ残っちゃったんだけど、お前はこのまま捨てる派?食べる派?」
「うるせえ、さっさと食え」
 僕はうんざりして、ハンバーガーの包み紙に残ったレタスの切れ端を見せてくる中村に言った。
「なんだ、食べる派かよ。まあ、俺もそう。もったいないしな。食べられるもんはちゃんと食べないと」
 と、ぶつぶつ言いながら、中村はレタスをつまんで口に放り込む。そして、空になった包み紙をぐしゃぐしゃに丸めると、今度は僕のポテトに手を伸ばした。
「ポテト食べたいなら自分も頼めばよかったのに」
 僕がまだ3,4本しか食べていないポテトを、中村は容赦なくつまんでいる。バーガーひとつと無料の水だけを頼んだ彼を見ながら、僕はメロンソーダのストローをくわえた。
「ポテトって旨いけど体に悪いらしいぜ。お前が食べ過ぎないように協力してやってんだろ」
 もしゃもしゃと食べながら中村は言う。面倒くさいので、僕は何も答えない。
「てかさ、見た?駅前の募金」
 ポテトの手を止めることなく、中村が言う。
「募金?」
 そういえば、駅前に募金箱を持った人が並んでいた気がする。
「なんかさぁ、『恵まれない子どもたちに!』みたいなやつ。なんだよあれ、ふざけんなよ。仕事もない、金もない、恋人もいない、特技もない、おまけに見た目も悪い俺の方が、よっぽど恵まれてないだろ。なんで俺には誰も募金してくれないんだよ」
「うるさいなぁ」
 おっと。つい本音が出てしまう。
「不公平だろ、世の中。俺も募金箱持って立ってたら誰か恵んでくれねぇかな。それにさ、あんなもんじゃ世界は救えねえよ。ちまちま小銭集めたって、どうせ本当に必要なやつには届かねえじゃん。俺みたいな」
 僕が何も言わなくても、中村はひとりでしゃべり続けている。ついでに僕のポテトを食べながら。
 でも僕は、中村のしょうもない話を聞くためにここにいるのではない。そもそも「話がある」と言って僕を呼びだしたのは中村の方だ。
 しびれを切らして、僕から尋ねた。
「で、話って何」
「ん」
 とたんに中村は黙り混む。
 Lサイズのポテトは、もうなくなっていた。

 僕が追加で頼んだポテトに中村が手を伸ばしてきたので、あわてて彼から遠ざけた。中村は不満げな顔をする。
「なんだよ、ケチかよ」
「いや、ポテトばっか食ってないで。何か話があるんだろ?」
「ああ…」
 中村は深くため息をつくと、意を決したように身を乗り出し、ささやいた。
「いいか、俺は、お前のことを信用して話すんだからな。ちゃんと聞けよ」
「はいはい」
「まあ、話っていうのはふたつほどあるんだけど…。聞いてくれるか」
「聞くって」
 中村は一度、ぐるりとあたりを見渡すと、もう一度ため息をついてから小声で話し始めた。
「俺は、とてつもなく恵まれていない人間だ」
「そうかなあ」
「そうだ。見た目も悪い。頭も悪い。運動もできない。得意なことなんてなにひとつない。ちゃんとした仕事にもついてないし、バイトは遅刻しまくってたらクビになるし、家賃滞納してたらアパートから追い出されるし、ギャンブル負けて金はなくなるし」
「後半は自己責任のような気がするけど」
「おまけに、この歳でまだ童貞だ」
「悲観するほどの年齢じゃないよ」
「あまりにも俺が恵まれてないから、ついに神様が力を与えてくれたんだ」
 おお、急に話が変な方向に行ったぞ。
「…宗教なら間に合ってるけど」

「違うんだよ。魔法なんだよ」
「え?」

「俺…、魔法が使えるようになった」
「…はあ?」

 中村のやつ、ふざけてるのか。それとも、ついにおかしくなったのか。まじまじと彼の顔を見つめる。さっきから真面目な顔をして話しているのがかえって怖い。
「疑ってるだろ。本当なんだよ、本当に魔法が使えるんだよ」
「いや…、魔法って…」
「本当なんだって。見るか?」
「見るけど…」
 なんだよ、魔法って。困惑する僕にむかって、中村は右手を突き出した。
「なあ、俺の右手、何もないだろ」
「うん、何もない」
 見とけよ、と言って、中村は右手を軽く握る。僕は言われた通り、その右手を見つめた。中村も見つめている。
 すると…、中村の右手が、一瞬青く光った!
「えっ…」
 そして、ゆっくりと右手を開く。
 ころっ、と何かが転がった。
 中村はそれを拾い上げ、僕に見せる。

「これ…、1円玉?」
「そう、1円玉」

 中村の手から現れたのは、銀色の、1円玉だった。さっきまで、中村の右手には何もなかったはずだ。
「え、1円玉…?」
「そう、1円玉」
「なんで?」
「いや、俺にもわからん。でも急に出せるようになった」
「なんで?」
「だから、わかんねえって。『金欲しいな』ってずっと思ってたら、急に右手から1円玉出せるようになった」
「本物なの?」
「スーパーのセルフレジで使えたから、たぶん本物だよ」
「まじかよ…」
 まさか、本当に魔法が使えるとは…。でも、出せるのは1円玉だけなのか。それだと、なんというか、ちょっとしょぼい。
「おいお前、しょぼいとか思っただろ」
「いや、だって、1円玉…」
「1円を笑うやつは1円で泣く、とかなんとか言うだろ。笑うな」
「そうだけど…。どれくらい出せるの?」
「ま、1日1円、ってとこだな。めちゃくちゃ調子良いときは2円出せたりもするぜ」
「1年でも365円じゃん」
「ゼロよりましだろ!」
 中村はさきほど生み出したぴかぴかの1円玉を掲げた。
「今は1円玉だけどよ…、想像してみろ、これがもしも10円、100円、ってどんどん進化していったらどうなる?」
「まあ、進化したらすごいけど」
「俺が、世界を救うことになっちゃうかもしれないぜ?」
 こいつは何を言っているんだ。

 魔法が使えると言い出したり、本当に使ってみせたり、でもそれが「1日1枚だけ1円玉を出せる」とかいう微妙なものだし、世界を救うとか言い出すし、展開が早すぎてついていけない。なんだかクラクラする。頭がどうにかなってしまいそうだ。
「わかった、魔法が使えるようになったことはわかった」
「だろ?」
「でもまだちょっと、信じられないよ」
「なんでだよ。目の前で見ただろ」
「そうだけど…。ちょっと頭ん中整理したいから、今日は帰るわ」
「待てよ、まだ終わってねえよ」
 魔法とか言っておいて、まだあるっていうのか!
「話はふたつあるって言ったじゃん」
 ああ、そういえばそんなこと言ってたな。でも、ひとつめのインパクトが大きすぎて忘れてしまっていた。
「何だよ」
「今日、奢ってくれ。それから、しばらくお前の家泊めてくれ」
「…はあ!?」
「いや、言ったじゃん。バイトもクビになったし、ギャンブルで使っちゃったし、金無いって。それに、アパートも追い出されたって」
 そうだ、そんなことを言っていた。魔法のせいで薄くなっていたけれど、それも結構な問題だ。
「なんでだよ、嫌だよ」
「そこを頼むよ、今日寝る場所も無いんだよ!ほら、俺の魔法でいろいろ協力できるし」
「協力って…。1日1円出せるだけじゃないか」
「1年経ったら365円だぞ。Lサイズのポテト余裕で買えるぞ」
「1年居座ってポテトLとか最悪かよ!」

 結局、僕は根負けして、しばらくの間中村を泊めるはめになってしまった。バーガーショップを出た中村は、僕と並んで歩きながらにやにやしながら先ほど生み出した1円玉を眺めている。
「いやあ、どうするよ、俺が世界救っちゃったら」
 なんでこいつは、1円玉を出せたくらいで自分が世界を救えると思えてしまうのだろう。
「1円じゃ無理だろ」
「無理じゃねえよ。あ、そうだ!」
 中村は、突然走り出した。
 なんだ急に…、と目で追うと、向かった先は、募金箱を持って立つ集団。中村は募金箱に1円玉を放り込むと、どや顔をして戻ってきた。
「どうだ、世界、救えるだろ?」
「ちまちました募金じゃ救えないって言ってたのはどこのどいつだよ」
 僕の言葉は無視して、中村は鼻歌を歌いながら歩いている。

 さて、この中村という男。
 やつのなんとも言えない魔法のおかげで、本当に世界を救ってしまったのは、また別のお話…。



 と、締めくくりたいところだが、おそらくこいつには無理だろうな、というのが僕の推測である。





※フィクションです。

 右手から1億円出てこないかなあ。

 


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