見出し画像

短編小説:前祝い

 天気予報では雨は夜からだと言っていたのに、デパートを出るとすでに降り始めていた。
「あらー。屋上に停めたのは間違いだったね。車回してくるから、てっしーはここで待ってて」
 たくさんの買い物袋を抱えたチカちゃんが言う。私もチカちゃんも傘を持っていない。彼女の言う通り、屋上じゃなくて屋根のある駐車場にすればよかった。
「いいよ、ここからそんなに遠くないし。走ればすぐでしょ」
 ここで待っておくのも申し訳なくて、私は言った。
「そう?じゃあ行こうか」
「荷物、半分持つよ」
「えー、いいの?ありがとう!」
 私はチカちゃんが抱える買い物袋をいくつか受け取り、一緒に走り出した。思ったよりも雨は強い。チカちゃんの車にたどり着くと急いで後部座席に荷物を積んで助手席に乗り込んだ。
「いやー、雨すごいね」
 エンジンをかけながらチカちゃんは言う。
「でも、いっぱい買い物できてよかった!てっしーはそれだけで良かったの?」
 チカちゃんはにこにこしながら私を見た。
「うん、欲しいものは買えたから、じゅうぶん」
 そっか!とチカちゃんは笑うと、車を発進させた。

 後部座席に積まれた荷物のうち、ほとんどはチカちゃんのもの。私のものはひとつだけ。セール品だったマーメイドスカート。「それだけで良かった」じゃない。私はそれだけしか買えなかったんだ。
 チカちゃんは大学の同級生で、私の数少ない友だちのひとりだ。実は、私の名前も「チカ」という。同じ名前、ということでなんとなく意気投合した仲だ。「チカ」という名前はそれほど珍しくないのか、昔からよく同じ名前の子に出会う。同じクラスに同じ名前の人間がいると、どうしてもどちらかは苗字かあだ名で呼ばれることになる。そして私はいつも、あだ名で呼ばれる側の人間になる。
 苗字が「手嶋」だから「てっしー」。
 てっしーが嫌なわけじゃない。でも、大学に入学してだんだんみんなと親しくなり始めたとき、あまりにも自然にチカちゃんは「チカちゃん」で私は「てっしー」になったから、何とも言えない気持ちになった。理由はわかってる。チカちゃんの方が人気者だから。どうせそんなもんだ。

 デパートを出て、チカちゃんの車はすいすいと進む。この前免許を取ったばかりだというのに、もう車を持っている。どうやら家族から買ってもらったらしい。軽自動車ではなくて普通車。かわいいパステルカラー。屋根の色だけ違うのは、追加料金でカスタムしたんだろう。
 チカちゃんは良い子だ。でもときどき、私とは全然違う生き方をしてるんだろうな、と思うことがある。
 今日だってそう。
「てっしー、スカート欲しいから一緒に買い物行こー」
 と誘ってきたのでデパートに来たのだが、結局彼女はスカートを買わず、予定になかったパンツやカーディガン等を躊躇なく買っていた。私が1000円のヘアアクセサリーを迷った挙句買わずに売り場に戻している横で、チカちゃんは2000円のイヤリングをカゴに入れていた。どこにそんなお金があるのか。ひとり暮らしのチカちゃんよりも、私の方がバイトをしているのに。
 きっと、経済的に余裕のある家庭で育ったんだろう。
 ブランドものをいっぱい持っているとか、高いものばっかり食べてるとか、そういうことではないのだが、ふとしたときに感じる。
 ランチに行くと、当たり前のように単品ではなくドリンクやデザートのついた少し高いセットを頼んでいたり。日用品を迷いなくコンビニで買っていたり。何でもない日に高級アイスクリームを買ったり。
 私がケチなだけかもしれないけれど、そんな場面を見るたびに「チカちゃんって節約しなくても大丈夫な人なんだな」と思ってしまう。

 少し前に、一緒に「古民家カフェ」に行ったときもそうだった。
 最近流行りの、古民家を改装したカフェ。大学の近くにできたので行ってみたのだが、思ったより広くて驚いた。
「すごいね!」
 席に座り、綺麗な和室を見渡してつぶやいた。
「ね、すごいね。ほんとに普通の家だね。おばあちゃんちにそっくり」
 チカちゃんの言葉に、私は「立派なお家だね!」という言葉をあわてて飲み込んだ。
 そうか、チカちゃんにとってはこれが「普通の家」なのか。ずっとアパート暮らしをしていた私とは感覚が違うんだな、と思った。それが良いとか悪いとか、そういうことではない。ただ「違うんだな」と思った。
「ママもおばあちゃんも、いつかカフェやりたいって言ってたから、こんな感じでやれば良いのに」
「それは素敵だね」
「あ、そうだ、てっしーもカフェやりたくなったら場所貸すよ!そしたら私も手伝うから!」
 チカちゃんには、何の嫌味も悪気もない。本当に思ったことを、当たり前にしゃべっているだけなんだろう。
 それに、チカちゃんは人を頼るのが本当に上手だ。
 大学の課題もテストの過去問も、いつの間にか誰かに見せてもらっている。上手に人を頼って、上手に人を振り回す。デパートでも、私がお手洗いに行っている間にいつの間にかいなくなって、慌てて探しているとどこからともなく現れて「あれ、早かったね!」とにこにこしていた。
 それでも憎めない。放っておけない。天性の「愛されキャラ」というやつか。

 彼女に不満がまったくない、と言えば嘘になる。もちろんチカちゃんのことは好きだけど、振り回されている身としては愚痴のひとつやふたつ、あるものだ。
 でも、そんなこと誰にも言えない。
 チカちゃんは人気者だから。
 私にはよくわからないが、チカちゃんはモテる。とにかくモテる。男の子からも女の子からも。きっと、ちょっと地味で素朴な感じが良いんだろう。周りのみんなは私のことを「人気者のチカちゃんの隣にいておこぼれをもらってるヤツ」くらいにしか思ってないんじゃないだろうか。だから、私がチカちゃんの愚痴を言おうものなら「チカちゃんが人気者だからひがんでる」と思われるに違いない。
 そして、そんなことばっかり考えている自分が嫌になる。

「ねえ、てっしー、楽しかった?」
 チカちゃんの声に、ふと我に返った。赤信号、少し不安そうな顔で私を見ている。その顔は、ずるい。
「楽しかったよ。どしたの」
「ん、なんかずっと黙ってたから。楽しかったなら良かったけど」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
「考え事ってなあに?」
「んー、秘密」
 ええー、なんでよう、とチカちゃんが甘えたような声を出す。もしもチカちゃんが、これを男の前だけでやっていたら私はすぐさま彼女を嫌いになっていたかもしれないのにな。
「チカちゃんは楽しかったの?」
「もちろん!てっしーと買い物行くと、楽しいから買いすぎちゃう」
 ふうん、と軽く返事をする。悪い気はしない。
 その後、授業のこととかバイトのこととか、他愛もない話をしているうちに私の住むアパートについた。
「あ、てっしー、これあげる」
 車を降りようとすると、チカちゃんが小さな包みを差し出してきた。
「何、これ」
「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント」
「え、いつの間に」
「てっしーがトイレ行ってるときに買ったの。思ったよりすぐ戻ってきたから焦っちゃった」
 チカちゃんはにこにこ笑っている。そうだったのか。あのとき、勝手にどっかに行ったと思ったけれどわざわざ買いに行ってたのか。
「あ、誕生日当日はもっとちゃんとしたことやるから!今日はなんていうか、前祝い?みたいな?」
 私が黙っていたせいか、チカちゃんは焦ったように言った。不満があるから黙ってたわけじゃないのに。解釈違いも良いとこだ。私は思わず吹き出してしまった。
「ありがとう、嬉しいよ、チカちゃん」
「そう?なら良かった」
 チカちゃんはほっとしたように笑った。

 じゃあね、また遊ぼうね!と、チカちゃんは手を振って帰っていった。
 私はチカちゃんに手を振り返して見送った後、自分の部屋に駆け込んだ。そしてチカちゃんからもらった「前祝い」の包みを開ける。
「あ…」
 そこには、私が買わずに売り場に戻したヘアアクセサリーが入っていた。
「もう…、本当にあざといんだから」
 私は思わずつぶやいた。
 本当に、よくわかんないやつだ。良い子なんだか、困った子なんだか。

 まだまだ私は、チカちゃんに振り回されそうだ。





※フィクションです。
 愛される才能が欲しかった。(急にどうした)

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,580件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?