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その稚児、理由(わけ)ありて籠りなむ。~自閉っ子が世界を隔絶しなくて済む世界を祈って~

勤め先の学校カウンセラーの先生を訪ねたのは、令和二年度三学期が終わって小休止、春休みの声を聞いた頃だった。自分自身が教師として学校文化へ適応しようとする際の困難と、それから一つの学級に一定数は見て取れる発達上のハンディを(多かれ少なかれ)もつ生徒への支援との、二点について相談するためだ。

「思ったように行かない」のは、しんどいことだ。

それを、自分と生徒の両方に感じ、生徒に手立てを講じられないことにもどかしさを覚える。自分を重ねるから。

「要件を満たさなかった」生徒を(感情も入って)叱責する先生の場に居合わせると、その声に身がすくむ。その声には、「どうして頑張らないんだ」(自分はこんなにがんばったのに)という成分が混ざっていて、そうだよね、でもあなたが頑張っていて、頑張れるのと、この子どもが頑張れないでいるのとは、性質が違うかもしれない、その可能性を知って欲しい、と祈るような気持ちでiPodsでホワイトノイズをONにして耳を塞ぐ。

ポンコツ「社会人」として叱責された経験は、体に恐怖として深く刻まれており、聞くに堪えがたいのだ、私にとって。

学校カウンセラーの先生から勧められたニキ・リンコさんの本を、つまみ読んでいる。書名を『スルーできない脳 自閉症は心の便秘です』という。

この世界に生まれてくる子どもの中には、一定数の「切り替えが下手な脳」をもつ子どもがいて、その数はマイノリティ、少数派だ。多数派を占める正規分布の中央ぐらいにくる層をターゲットに社会のほとんどのサービスは構築されており、教育も会社も例外ではない。そうした中で、多数派、つまり定型発達の人達ができると想定されることは「できて当然」とみなされ、それができない場合、本人の努力が足りないとか、不注意だとか言われる。

脳の中は可視化できず、われわれは誰かを評価するとき、その人のパフォーマンスーーつまり行動で判断するしかない、というのが、一般的だから。

でも。

その脳機能が、OSのつくり自体が、市場に多く出回っているウィンドウズやiOSと異なっていたとしたら?

それは、ハンデを負っている、とみなされ、多数派の崇拝する知識と理論の力を本当の力をもってして、理解と、そして支援の対象としてみなされて然るべきではないのだろうか?

それを無知と無理解から叱責する愚かしさ甚だしく、己を顧みるが良い、と思って止まない。今よりずっと無力な子どもの時に、表現できないもどかしさを味わったことが、誰でもあるだろうに。そのときの自分に手を差し伸べるつもりで心を広げればよいものの、同じような辛い思いを目の前の子どもにさせるなど、何が教育者で、親か。慈愛の心を育てることなしに、教員養成なんて恰好だけつけて、やっちゃいけない、と思う。

一方でそれは、負の連鎖だと思う。

その「手を差し伸べられない人」にも、そうしてよじれてしまうような体験があった筈だから。(ただ、だからといって大人になって持った権力を正当に使わないのは、馬鹿げているし、成熟しろよ頭でっかち、と思う)

じゃあ、負の連鎖を構成しているスカスカの心のギャップを埋めるものは何か。この世界と自分の軸を合わせるような、満たされた体験であるのかもしれない、と思う。それは、からだをちゃんと使って地に足をつけるような体験や、他者と心を通わせるような経験なんだろう。

わたしはそれを、英語という外国語を通して文化や常識の枠を外して、他の国の異なる地と文化の中で生まれ育った人と「人」として出会い直すことと、そして英語を話すという技法を身に付けたいと繰り返しを行う中で「達したい」と思っていた領域に「達した」瞬間の、脳神経のビックバンのようなものを経験したことで、そこに至らしめることを可能にしてくれた家族の支援やこれまでの経験すべてに感謝した、17歳の夏の経験の、この二つがそこに大きく作用していたような気がしている。

だから、私はより多くの子どもにそういう経験をしてもらう一助になりたいと思い、英語の教員になりたいと思った。(のだが…!)

何も英語に限らず、そのように、ある道を究めて至るところまで至ると、道がばっと開けたような瞬間が、あるんだろう、と思う。そうして満たされた心が、慈愛をベースに必要なアクションを取ってゆけるのではないかな。

内田樹・三砂ちづる『身体知』という本では、何もそんな男性では武道を通して、女性では月経・妊娠・出産を通して戦前・明治維新前の日本人はできていた、と書いている。

一昨日のラジオで三砂さんの『オニババ化する女たち』に触れた後に、眠気があまりにひどいのでふらっと足を向けた学校の図書室で、ぱっと目に入ってきた。

話が多方展開し始めたので、今日はこのあたりで。

ニキ・リンコさんがいみじくも指摘している「多数のウィンドウを一度に表示」することができず、何事も「全画面表示」になり、しかもその切り替えに多大な労力を要する脳をもつ当事者として、

そんな子が最適刺激で、興味を持つことを安心して究めることのできる世界を脳裏に描きながら、

今日もお勤めして参ります。


いってきまーす💛



#自閉症 #教育 #至高体験 #外国語 #旅 #身体知



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スタンドFMをダウンロードして、「さとみさんの日々是泡ぶく」で検索したら、出てくるはず🍀


♪翻訳しています♪

多数派と時間泥棒に取られた時間をじぶんたちのものに取り戻し、己の彩を究める同胞達が花咲く世の中を夢見て、訳しています。

*PTA活動にハマってしまい、2月から全然訳が進んでいませんが、夏休みに過集中を発揮して終わらせる…予定です💛出版期限の令和4年4月初旬までに、出版社が見つかりますように…

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