マガジンのカバー画像

SFショート

113
黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
運営しているクリエイター

2023年9月の記事一覧

鑑賞者

「ごらんください。あちらがブラックホールに飲み込まれる恒星です」  クラーク15号の展望デッキにひとびとが集まってくる。  みな豪壮ないでたちをし、肩をそびやかしている。  船体から飛び出た、試験管のような細いデッキは、  またたく間に群衆にひしめいた。  わずか数光時かなたに、  今まさに、吸収が始まった恒星が見える。  青白い光が、細く引き延ばされ、  漆黒の球の中へと引きずり込まれている。 「ほう、なかなかの奇勝であるな」 「悠遠をめざす旅で、久方ぶ

約束

 わたしは禁忌をおかした。 †  死んでから、5年。  人の一生は、思っていたよりも長かった。  待つことは覚悟していたし、約束していたから、  今日も、永い待ちぼうけを過ごす。  わたしたちの寿命は長くて20年。  わたしの寿命は18年。  妖精は、死してからが永い。  蝉の逆。  肉を失ってから、  地中、岩の向こうに降りて働く。  ヒトが征き着く場所とは異なる、  ヴェールに欺かれた、魔術の界。  天国でも地獄でもない、この世の理のすぐとなり

お彼岸

 そびえたつ入道雲。  祖先の霊の集合体。  彼岸に流れる川は、まるで海のように遠い。  ゆきつくべき場所に、  ゆけるよう敷かれた線路。  まだ列車の通る気配もない。  歩こう。  焼けた後、水に浸かって冷えた、  鉄の道の上を。  まくら木の近くを、  小魚が群れて横切る。  波がはせてきては、  線路の内側に白いあぶくを残す。  残暑、さいごの入道雲。  ああ、風が涼しいな。  暑さは彼岸を越えられぬ。  列車がくる音が聞こえる。 *

幻想へ

 記憶の中の花をかいでみる。  麗しい髪が風にながれている。  君の背だけが、はっきりと夕焼けに浮かび上がる。  あぁ、そのままで、振り向かないで欲しい。 †  夢の中のあやふやさは、  たゆたいのように不均一でいい。  可能性に溢れた領域こそが、  わたしには美しいと思える。  おぼろげなシルエットに、  夕焼けがまわり込んだオレンジの輪郭。  溶けてゆく夏のうだる暑さに、  蜃気楼、君を幻想に奪ってゆく。  時間は流れるままに流れてゆく。  記

ひとりたび

 きみを追いかけて旅に出よう。  ひとり、バイクをぶっ飛ばす。  路端の標識はみんな一方通行。  ただ時空の飛躍的な旅を感じる。  川がどこまでも続いている。  どっちが上下かも知らぬまま。  路は堤防の上まっすぐ伸びる。  そらは薄青のまま染みている。  ときおり足を停める。  そこは、君も降り立った地点。  見る景色、香る風も、君と同一。  青草が誰にも知られずゆらいでいる。  君に追いつく旅に出よう。  ゆき先どこやら、知らぬまま。  路端の

少女

 少女の霊がでる。  黒猫と共にでる。  軒先に腰を下ろし、  通りを眺めている。 †  陽がよく照った冬の日に、決まってでる。  彼女の半径五メートル、  冬枯れた樹木が緑をたたえ、  木漏れ日を投げかける。  そこは春。  そしてわたしは、ぶ厚い冬の装い。  時空間がゆがんでいる。  彼女はミッドセンチュリーの子ども服。  赤毛の三つ編み、おさげは二本。  肩の動きに合わせて揺れる。  ゆがんだ時空間から、  あたたかい春の風が吹いてくる。

くされ煙

 ふわり、ふわり、漂ひたる。  紫だちたる雲の細くたなびきたる。 †  うすく伸びるタバコの香り。  君が吸うから好きだけど、  実はあんまり好きじゃないな。  だって、  服に香りがつくんだもの。 「ちょっとだけ、量、減らせないかな」  君の愉しみを、邪魔したくはないから、  控えめに云う。 「ダメだよ。これを減らせばあたし、  命が続かないんだよ」  あまりに真面目にそう云う君。  それでやはり、わたしはいつも、  くゆる紫煙の中、つい許して