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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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2020年9月の記事一覧

風乗り

 ずらりと立ち並ぶ風車が壮観だ。  小高い、人工的に造成された丘の上に、  直線、8kmに渡って、風車が設けられている。  もちろん、それは風力発電用の、風車だ。  この辺りの地下には、長大な空間が設置してあって、  その中に、地底人が住んでいるらしい。  という噂は、儀仗兵のように立派に、彼方まで並んでいる、風車によって、生み出された。  やたらと長い距離、やたらとたくさん並んだ風車は、  その地下帝国の、電力供給の全てを、地熱発電とタッグでまかなっているら

待ち合せ

 自販機から、3メートル50センチ離れた、  カーブミラーの真下が、  わたしたちの、いつもの座標点だ。  わたしは、君に「会おう」と云われれば、  12秒以内に、そのポイントに到達できる。  だけれども、君もおんなじくらいの速度なので、  いつも、毎度、重なってしまう。  そして、視界が真っ暗になる。  人の中身って、案外黒っぽくて、静かだ。  その、居心地の良さに、いつも酔ってしまう。  正真正銘、どこからどうみても、  完全に、君と一つになれる瞬間

くる日も

 世界が滅んでしまってから、ずいぶん経つが、  わたしはまだ、この自転車に乗っている。  その辺に、放ったらかしなっている、バイクや車を拝借すればいいのに、  わたしはまだ、この自転車に乗って、漕いでいる。  それには、ちょっとした理由もあって、  自転車は、燃料を必要としないので、便利だ。  というのと、  狭路もあぜ道も、大体どんな道でも走れるから。だ。  今日は、夕暮れの潮風が心地よい。  くる日もくる日も、ずうっと、自転車を漕いでいると、  毎日、

月面

 夜空、莫大な月を見上げる。  月の都市の夜の明かりが、はっきりと線状に刻まれているのが、よく見える。  人間が月に築いた都市の質量が、あまりにも大きかったために、  こうやって、どんどん、地球に近づいてきてしまっている、  と、まことしやかに、街談巷説が繰り広げられている。  夕闇の向こう岸に見える、人々の営み。  たぶん、向こう側からも、おんなじように見えているんだろう。  わたしが生きているうちに、衝突するだろうか。  わたしが生きているうちに、脱出する

信号機博

 古今東西、様々な形式の、信号機が、この七叉路には集結している。  津々浦々、様々な場所から集められたそうだ。  交差点の名前は、『信号機博交差点』。  日本全国、様々な人々が訪れる。  他叉路マニアの人。  信号機マニアの人。  アンティークマニアの人。  写真家の人。  アニメ監督なんかも多いらしい。  いわゆる、聖地としても、機能している交差点だ。  青の発色は、全機違う。黄色もわずかに違う。赤は、あまりよくわからない。  デザインの特徴もそれぞれ

木陰

 君は、夜の木陰が好きだ。  満月の影は、あまりにはげしいので苦手だから、  十日月くらいがちょうどいい。  すうっと、晴れ渡る、夜の暗い空から、  月の光が、程よく降り注いできて、  木の一本を包み、暗がりに影を落とす。  君は、葉の間から微弱にきらめく、  弱い月明かりを、見上げている。  真っ白な肌が、白樺の梢に溶けてしまいそう。  はためくスカートは、そのまま、雲ひとつない夜空に飛び立ってしまいそう。  ざあ、と風が吹いてきて、木の葉をたっぷりと揺

望月

 どうしても、次にかける足場が見当たらなかったので、  望月に、足をかけた。  少し、力を入れて、踏み込んでみて、  強度を確かめると、十分であることがわかったので、  そのまま、進んだ。  まるっこいから、回ったりして、転げ落ちないか心配だったが、  その足場は、しっかりと闇空に固定されているようで、  移動することも、回転することもなく、  きちんと、足場としての役割を果たしてくれた。  さて、困った。  夜空には、次にかけられそうな、足場がもうない。

個室

 観覧車の籠の中は、またたく間に、君の香水の香りで満ちた。  べつに、君が同乗しているわけじゃない。  わたしは、一人、観覧車に乗っている。  そして、君が残していった、香水を、  ただ、その個室の空間に振りかけただけである。  君が居なくなってから随分経つけれど、この香水の匂いだけは、忘れることができなかった。  嬉々としてわたしを呼ぶ声や、泣かせてしまった後の、あの顔とかは、  やけに簡単に忘れたのに、匂いだけは、どうしても、  わたしの脳裏から離れなかっ

夏が最後

 夏の最後にだけ見える、あの空の色を君にも見せたやりたい。  と、君が云ったことを、今年も思い出す。  結局、その最後の色が、どんな色なのか、教えてもらえなかったから、  わたしは、毎年、夏の終わり頃に差し掛かると、空を見上げる。  でも、やっぱり、いつの日の、どの時間の空の色が、  君が云った、最後の色なのかわからないので、  ただ、見上げ損になってしまう。  だけれども、毎年、こうやって、夏の消えゆく空を観察していると、  自分なりに、目安を作れるようにな

屋根の上

「今日も君は屋根の上にいるね」  そう云って、鳥がやってきた。 「そう云う鳥も、今日もわたしの近くにいるね」  そう云って、わたしは笑った。  よく晴れた夏の午後だ。  少しずつ傾き始めた陽光が、ちょうど、まぶたの隙間をかすめて、眩しい。  あせた赤色の洋瓦が、ちょうど良い暖かさで、わたしを包み込む。 「それにしてもさ、君はなんでいつも屋根の上にいるわけ?」  鳥が訊いてくる。  特に理由がない、と云うのがワケ、なのだけれど、  ただ思慮もなく、ひねりもな