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祖父から引き継いで通い続けるグラン・メゾン「アピシウス」

有楽町にあるグラン・メゾン「アピシウス」に、物心がついた僕が足を運んだのは2年前。ただ、母曰く、僕が幼い頃に祖父に連れられて食べに行ったことはあるそうです。

開店当初から祖父が通った店に、いま僕が通う。

1980年代中盤に志度藤雄さんのもとで修行をした人びとを中心にできたという「アピシウス」に、僕の祖父は開店当初から通っていたといいます。バブル絶頂期にはアラン・シャペルとジョエル・ロブションの共演コースなんていうのも開催できる店でしたが、それも祖父は行っていたようで。

いくら僕があちこちの名店を食べ歩いても、祖父との間には超えられない圧倒的に高い壁があります(笑)

でも、その壁を少しでもよじ登ってやろうという気分で、年に3〜4回ぐらい「アピシウス」に行くんです。だいたいいつもついてくる母の分もおごってあげると、ランチでさえ、二桁万円行くときがありますが・・・(笑)

クラシックなフレンチとしては日本最高峰の味とサービスだし、そこで食事をするというのは、何か鼓舞される瞬間でもあり、祖父とつながりなおす大事な時間でもあるんです。高額だけれど、僕には必要な投資。

亡くなった祖父とつながるために食事をしに行く

ちなみに最後に祖父が足を運んだのは、おそらく10年以上前だと思います。でも、彼が何度も通っていた記録はきちんと店がデータとして保存しているし、当時接客を担当したというサービススタッフと会う機会もつくってくれました。(お年を召したこともあり、常勤ではないらしい。) 

おそらくひとりで行っていたのか、誰かを連れていたのかも記録が残っているのかもしれませんね。でも後者については、おそらく家族の僕らにも共有しないでしょう。それが「プロの対応」なんですよ、グラン・メゾンとして。(彼は、「銀座のおねえちゃん」を同伴させたこともあっただろうからね、きっと。笑)

ただ、接客時にどんなものを食べていたか、どんな会話をしたか、などのエピソードは教えてくれて。

「ああ、僕と同じように、彼もレストランに行く目的は料理だけじゃなく、その店で働く人びとと交流することだったんだ」と知ったり。

なんとテイクアウト用の包み紙を祖父が手掛けたことがあったらしい。死んだあとに知ることがあるのは、なんだかじんわり来ますよね。

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アラカルトが基本のこの店で必ずオーダーする3品

「アピシウス」で僕が必ずオーダーするメニューが3つあります。

小笠原産母島の青海亀のコンソメスープ シェリー酒風味

クレープ・シュゼット

雲丹とキャビア、カリフラワーのムース コンソメゼリー寄せ(高橋徳男氏へのオマージュ)』 です。

特にここでしか食べられないのが青海亀のコンソメスープ。「青海亀を飲む」ということをタブーだ・不快だと思う方もいるだろうし、純粋に料理として不安な方もいるでしょう。

誤解を招かない表現・立ち位置で言葉を紡ぐ難しさを感じるので、もっと俯瞰して書けるようになったら取り上げますが、味だけでなく「問い」を投げる料理として非常に体験価値があるとは思いました。

そして、『クレープ・シュゼット』は数日前に取り上げた次第。

なので、今日は最後に少しだけ、『雲丹とキャビア、カリフラワーのムース コンソメゼリー寄せ(高橋徳男氏へのオマージュ)』について書き残しておこうと思います。

雲丹とキャビア、カリフラワーのムース コンソメゼリー寄せ(高橋徳男氏へのオマージュ)

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これは冷製前菜で、アミューズの次に出される料理です。

お皿の周りにある琥珀色のビーフコンソメでつくられたゼリー。真ん中にカリフラワーと生クリームの味わいが豊かなムースがあって、それをスプーンで救うと雲丹とキャビアが現れます。

この雲丹とキャビアの配置が秀逸で、僕がいつもスプーンですくうと、最初にキャビアが出てくる。そのあと進めていくと、やがてキャビアから雲丹に徐々に変わっていくわけです。

クラシックなフレンチを食べたくなるとき、その店のコンソメやブイヨンスープを味わいたくなるし、クリームを用いた料理も、キャビアを用いた料理も・・・と欲張りたくなるけれど、この一皿に店とシェフの持つ技術と感性が凝縮されている。まあ、これぞスペシャリテですね。

料理名にある「高橋徳男」さんは、アピシウスの初代シェフで、日本のフランス料理史に残る人だったそうです。母はよく祖父が「アピシウスの高橋さんがね」と、雑談の中で名前が出てきたことを覚えています。

高橋さんはアピシウスをリタイアしたあとに、神保町でパイ料理を中心にした小さな店を始めたらしいですが、祖父はどうやらそこにも通っていたようだという話も。

僕が最近まで来店時に尋ねられる好き嫌い・アレルギーチェックで唯一NG食材にしていた、山羊ミルクのブルーチーズというものがあるんですが。それを最初に食べさせたのは祖父であり、そのチーズを祖父に教えたのは高橋さんだったという噂も(笑)

(しかしこれが不思議、僕がアピシウスに行くようになって、勧められて食べているうちに克服しちゃったんですよね。。。)

高橋徳男さんがアピシウスを離れ、やがてこの世を去ってずいぶんと経ちますが、このレストランにはいくつも彼のレシピを守り抜いているメニューがあります。そのひとつが、『雲丹とキャビア、カリフラワーのムース コンソメゼリー寄せ(高橋徳男氏へのオマージュ)』というわけですね。

ああ、やばい、食べたくなってきちゃったパターン・・・。

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自分が試される食事という投資

アピシウスで食べるには、高額な食費を支払えるほど、がんばって働いて稼がなきゃいけない。

お店に見合う服装を準備しなきゃいけない。(ドレスコードは厳しめ、スニーカーやカジュアルは一切NG、ジャケット着用必須)

その店にご迷惑をかけない所作を覚えていなきゃいけない。

提供する料理やワインを理解できる知識や経験を蓄えておかなきゃ、存分に楽しめない。

100%の体験をするには、いろいろな高いハードルがあるかもしれません。ただ、そのハードルは高いけれど、「アピシウスに食べに行くぞ!」というモチベーションがあるうちは、自分磨きやキャリアなどに対する欲が旺盛な証拠なのかもしれません。

そこで食べると、自分がアップデートされていくという店は、僕のお気に入りリストには、アピシウス以外にはホンの2〜3店しかない。正直、食事をするときに「自分が試される」なんて煩わしいですからね。

でも、自分の知識・感性・経済事情に挑戦する食事をするというのは、僕にとってはすごく意義の大きな学びの時間です。いつも退店するときは、授業を受け終えたような、美術展を見終えたような感覚になります。

そしてアピシウスでは、直にコミュニケーションができなくなった祖父とつながることもできる。

今年もタイミングを見計らって、きっと僕はアピシウスに足を運ぶことでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます! よろしければチップや、仕事依頼もぜひご検討ください◎