大きな森の木の下であなたとわたしと彼と彼女と〜東京芸術劇場プレイハウス『お気に召すまま』

2019年8月3日、東京芸術劇場プレイハウスに『お気に召すまま』を見てきた。演出は熊林弘高で、俳優陣は満島ひかり(ロザリンド)、中嶋朋子(シーリア)、坂口健太郎(オーランド)、満島真之介(オリヴァー)、温水洋一(タッチストーン)と大変豪華だった。

劇前半の公爵領の場面は照明がぴーかんに明るく、しかし強く張り詰めて攻撃的で抑圧的な雰囲気に満ちていたのが、アーデンの森では薄暗く猥雑で、陰気なエネルギーと気だるさに取って代わるという転換は鮮やかでよかった。
この転換が最も顕著に現れていたのは、オーランドだったように思う。公爵領の場面でのオーランドは暴力性が強調されていた。兄オリヴァーに酷使されているオーランドは不遇を嘆き訴え罵りながら兄の首を絞める。レスリングの場面で、オーランドは対戦者チャールズの舌を噛み切る。そこからロザリンドと出会って森に行って以降、下手くそなポエムを書き付け、ロザリンド/ギャニミードを相手に口説くなど、エネルギーを恋の方向に振り切らせていく。
オリヴァーの転換もなかなかに派手だった。公爵領にいた時は杖をつき足をひきずり、自分に跳ね返るような呪詛を弟に向けて吐いていたが、森で命の危機をすり抜けてから杖なしで歩くようになり、シーリアに一目惚れをする。

オリヴァー・オーランド兄弟に対して、シーリア・ロザリンドの二人の転換はそこまで明確に描かれていないように思われた。これは、本プロダクションでロザリンドもシーリアも森への出立を割と前向きに捉え、楽しげに準備をしていたこととつながっているのかもしれない。オーランドやオリヴァーが名を変えず変装せず、オーランドとして、あるいはオリヴァーとして森に向かったのに対し、ロザリンドとシーリアはそれぞれ身分や名前、性別を偽って森に向かうことともつながっているのかもしれない。

さて、森で交わされるダイアローグやモノローグに書き込まれたエロティックさをこのプロダクションでは前面に押し出されていた。森の中の関係性も矢印がいくつも複数方向に飛び交ってさながら乱行パーティーだった。
関係の流動性が最後まである程度保たれていたのはよかった。ご存知の通り『お気に召すまま』のラストは結婚式で終わり、権力もロザリンドの父に戻り、秩序の回復が描かれる。
だが、このプロダクションは固定した関係性や身分に収まるかと思いきや、シーリアがロザリンドにキスをし、ギャニミードを諦めきれないフィービーがロザリンドにキスをしたことをきっかけに、その場に集うすべてのキャラクターがくんずほぐれつの大騒ぎを始める。
結婚式は森の中で執り行われることを考えると、結婚と地位回復程度で人間が森を調伏しえないことが示されていたと感じた。

それにしても、森の中で平和的に集団生活を送る、という設定を描くにあたって現代の衣装をあてがうとき、どうしてもヒッピーになるんだなぁとは思った。
わたしの頭の中では、数年前にシアター・クリエで見た1960年代アメリカを舞台にしたミュージカル版『お気に召すまま』がちらついていた。

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