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2.16 天気図記念日

君の言葉は嘘ばかり。だから僕は君の言葉を信用しないことにした。
本当はとてつもない低気圧が近づいているのに、うわべにべったりと高気圧を貼りつけた顔をして笑う君。そうして、何かあれば、何もなくとも、「私のこと何も分かってないのね」と始まる雷雨の合図に、僕は少しずつ頭が割れるように痛くなり、気付いた時には低気圧の只中にいる。
テーブルの上の花瓶に挿した黄色いチューリップの方が、まだ君のことを分かっていると思うよ。僕はどこかに天気を読む本能を置いてきた。そもそも持って生まれてきたのかすら、定かでは無いけれど。
さらには年々感覚器官は鈍くなり、繰り返しのテレビのニュースに慣れすぎて、今では一口かじったトーストの味も分からないくらいだ。
眼の奥でチラチラと光っていた星も、今では燃焼をやめて、ただ真っ黒に燻ってしまった。
僕は暗い眼で君の行動をつぶさに観察する。だって、君の言葉は嘘ばかりだから。
愛してるという言葉だって、「あ」と「い」と「し」と「て」と「る」なんて誰かが作った五文字を、ただ並べ替えただけのことだけであって、その五文字の羅列に意味をつけたのは、僕の知らない誰かだから。そもそも僕の愛と君の愛は、もしかしたら金平糖といくらの一粒くらい違うものかもしれないから。同じだと思っていた時期は、愛という言葉のマジックによる錯覚でしかなかったのだよ。
だから僕は、君の言葉を信じない。僕の感覚器官はきっと、初めてケンカをした日の朝に、君のトーストに載っていた半熟卵の黄身とともに飲み込まれてしまったのだろう。
僕にまだ感覚器官が残っていたのだとしたら、僕の眼の奥の星がまだ生きていたのだとしたら、僕は君の言葉を今も信じられたのかもしれない。いや、君の言葉の裏側に貼りついた意味を眺めることが出来たのかもしれない、と言う方が正しいだろうか。
でも、残念ながら、もう全ては遅い気がして、味の分からないトーストを食べながら、昨日と同じニュースに目を向けている僕は、君の「私のこと何も分かってないのね」が降ってくるのを、雷雨と頭痛のはじまりを、ただじっと待っている。
僕は天気図を描く方法を忘れてしまった。白紙の紙に似た感受性をマッチで燃やした時の煙が、今も僕たちの部屋の白い天井の隅を少し汚して残っている。それは僕にしか見えないのかもしれないし、君は見ないふりをしているのかもしれない。夢の最後はいつも、如月のなかで煙のように二人で消えるだけだ。

2.16 天気図記念日
#小説 #天気図記念日 #詩 #JAM365 #日めくりノベル #天気

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