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3.7 花粉症記念日

この時期、飼い主はいつもおかしくなる。
ミケは飼い主の丁寧なブラッシングにイライラしながら、それでもなんとか尻尾を床に叩きつけて耐えていた。
いつもこのように念入りにブラッシングをされる訳ではない。春になりかけのこの時期だけのことである。
途中で逃げ出すと必ず捕まって、また最初から頭の先に始まり足の先まで念入りにブラシをかけられるので、最近では大人しくブラシをかけ終わるのを待っているが、その時間が長すぎてミケには苦痛で仕方がなかった。
「よーし、きれいになったな。悪魔の子分は去った。いい子だ」
飼い主は口元を白く大きいマスクで覆い、目にはゴーグル、手にはゴム手袋をはめた姿で息を荒くしながら言った。
ミケは飼い主のこの姿が嫌いだった。

 匂いで飼い主と分かるから良いものの、それでもその異様な姿を見るとギョッとして飛び上がってしまう。
ブラッシングに満足すると、飼い主は一度別の部屋に消えていつもの飼い主に戻る。
しかし目は泣きはらしたようであるし、四角いマスクは一日中している。
いつもであれば泣いている飼い主の指先などをかるく舐めて慰めてやるのがミケの仕事だったが、どうにも悲しんでいる様子でもない。
どちらかといえばいつもどこか苛立たしげにしているので、近くに寄る気にもならなかった。
「あー、もう、忌々しい」
飼い主は時々半狂乱したようにこう叫ぶことがある。
それは決まってソファに座っている時で、決まってテレビで緑のふぁっさりとした葉っぱの間から黄色い煙のようなものがもうもうと出ているところが映っている時だ。
どうやら飼い主はあの煙が死ぬほど嫌いらしい。別に何か悪さをするわけでもないだろうに、何がそんなに気に入らないのかミケは不思議で仕方なかった。
そして、黄色い煙がミケの体に付いているという幻覚に捕らわれているのも気味が悪かった。テレビのなかの煙がミケに付くわけがないのだ。それならば飼い主だって同じだけあの飼い主曰く黄色い悪魔の手下が付いているはずである。
飼い主が「悪魔よ去れ!雨よ降れ!」とうるさいので外に出ることにする。
もう三歳。ベランダに続く扉を開けるのはお手の物だ。
前足を器用に使ってガラス戸を開ける。
風は冷たいが、暖かな春の日射しに包まれて心地よく、ミケは日溜まりの中心で丸くなった。
この日射しがもっとちょうどよく熱くなるころには、飼い主はいつも通りの飼い主に戻るのをミケは知っていた。
早くへそを出しながら寝られるくらい暖かくなるといいな。飼い主のためにも。と口をむにゃむにゃ動かしたところで、リビングにいる飼い主の激しいくしゃみが聞こえてきた。

3.7 花粉症記念日
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