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4.25 歩道橋の日

小さな手を繋いで歩く最後の日。
「私が母親なのにねえ」
腰より低い背丈の娘には、特別な日のワンピースではなく見慣れたトレーナーとスウェット地のズボンを履かせた。
新緑の街路樹の下を歩けば、娘と私に緑陰の網がかけられる。
「きれいね」
声をかけると、動く影を捕まえようと靴底で追いかけている娘がにっこりと笑った。
ああ、最後の記憶は笑顔でと思っていたのに。
狭い歩道。隣を大型トラックが通ると足元が揺れた。
私のうつろな目から、涙の粒がひとつ零れた。
娘の手を引きかけて、思いとどまった自分が悲しい。
「アゥアッ」
まだ言葉にならない娘の無垢な声に小鳥のさえずりが混じる。
「そうね。行きましょうか」
この道の終わり、歩道橋の下で待つのは元々私の旦那さんだった人と、私の知らない新しい奥さんだ。
この手を離して娘を渡したら、彼らは三人になって歩道橋の向こう側の新しいアパートへと向かう。
最後の記憶は笑顔でと思っていたのに。
私はついに泣き崩れ、立ち上がらない私の隣で幼い娘が強く私の手を握っていた。

4.25 歩道橋の日
#小説 #歩道橋の日 #母娘 #JAM365 #日めくりノベル #別れ

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