陽炎

クーラーで作った温度なんかに簡単に犯されてしまう体温を測ってわたしはわたしのことを分かった気になっていた。口実を編んで触れるひとの体温のことだけは信じられると思っていたけど、実際はそう信じていないとわたしがほつれてしまいそうだったから必死に縫合しようとしていただけだったのかもしれない。信じるって冒涜だから、わたしは嘘を信じたいし本当のことは信じたくない。わたしの瞼の質量はわたしにしか分からない。切り貼りされた言葉の裏に張り巡らされている繊維を紡いだのがわたし以外の誰かだと認めたくない。__ _ _ _あたしの繊維があたしじゃなくても、あたしを編むのはあたしだし。_ __ ___あたし、あしたはさ。明日は、あの子が背負ってる明日はさ。あの子たちはあの頃のあたしたちで、通学帽のつばに遮られた視界のせいで夕日色の背中に気付けない。ランドセルを引き剥がした時に初めてそれがケロイドだと知って、あの時連れていた影法師はまだ私たちの身体に張り付いたままだ。「あの子のお手紙食べちゃって、さっきのてがみのごようじなあに?」あたしの糸とあの子の糸が絡み合って、チャイムの音の隙間を縫うように笑いながら駆け抜けてゆく。ことばってたべるものだよね。きみからの手紙をよまずにたべてまた会おうねの指切り。うまく咀嚼できなくて、無理に飲み込もうとしたら吐き出してしまった歌のメロディーがずっと脳裏に流れ続けている___ __ _暖房でわざと空気を濁らせて、わたしはにせものの温度のなかで服を脱ぐ。部屋に散らばるわたしの抜け殻を掻き分けてできた生命線を上手く辿ればやっと今日から抜け出せる。子音を忘れたらあくび。ゆめでしかあえないひとの正体は背中合わせのあなただった。

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