ピアノは工業製品であって、工芸品でもあって
工業製品と工芸品。
ユニクロのTシャツと手編みのニット。
コンビニのスイーツと専門店のケーキ。
ニトリの家具と大工さん手作りの家具。
身近なものではそんな違いがわかりやすいかもしれません。
ピアノにはどちらの側面もあって、そのことがピアノと言うものを理解するのに結構大事なんじゃないかと思っています。
と言うのもこのnoteでは「お客さんと調律師のギャップを埋めたい」と言うことを命題のひとつに掲げていますが、そのギャップってピアノを工業製品と捉えているか工芸品と捉えているかの違いによるところも大きいんじゃないかと、最近考えています。
ピアノと言うプロダクト
現代のピアノの歴史は産業革命から始まったと言えるほど、工業製品としての均一性と耐久性がなければ、これだけのエネルギーを持つ複雑なものは成り立ちません。そして楽器としての魅力は人の五感でしか作れない、300年以上前から培われた工芸品としての部分から生み出されます。
傾向としては安価なモデルのピアノは工業製品感が強め。グレードが上がるに従って実際に人の手が入るところが増え、工芸品感が強まっていきます。工芸部分が強まると楽器としての魅力は高まりますが、良くも悪くも個性的になっていき、安定性には欠けてきます。
「工業は匿名、工芸は記名」と言う定義を聞いて、ものすごく腑に落ちました。「AIアートは工業か工芸どちらか?」と言う問いがありますが、ピアノも同じように絶妙で不思議なバランスの製品だと思います。
新品のピアノから見える違い
明確な定義はないのですが、業界の感覚としてだいたい作られて5年くらいまでのピアノは「新品のピアノ」とされています。
まっさらな状態なので設計や材料の違いが見えやすく、古いピアノとは違った面白さがあります。僕が調律をする機会のある新品ピアノはYAMAHAかKAWAIがほとんどですが、この2社はラインナップが理にかなっているのでモデルごとの設計思想の違いなど考察が捗ります。
新品ピアノは購入してすぐはかなり狂いやすくて、3〜5年くらいかけて弾く•調律するを繰り返して安定させていきます。ピアノによって安定するまでの期間や安定していき方に違いがありますが、その大きな要因が工業製品度合い・工芸品度合いが関係しているのではないかと考えています。
調律をしていて感じるのは、工業度が高いピアノは一応の安定が早い感じです。わりと素直に一旦は聞き入れてくれると言うか。対して工芸度が高いピアノはゆっくりと安定していきます。説得に時間がかかるような印象です。実際に今、同じ環境にあるKAWAIのいくつかのピアノを数台、新品の状態から月1で調律していますが、やはりモデルごとの傾向が見られます。
もう少し解像度を高めると、安定していく段階の細かさに違いを感じます。工業度が高いピアノはその段階の刻みが10、15、20…と大きく、工芸度が高いピアノは10、11、12…と細かく進んでいきます。
なので安定が崩れるときも、工業度が高いピアノは100だったものがある程度のところまではそのまま100をキープしていますが、あるとき急に90に落ちる狂い方。工芸度が高いピアノは100から99、98となだらかに落ちていくイメージです。
細かい理由を見れば素材選び、部品点数、ピン板の硬さ、響板の含水率、弦設計などいろいろな要素が絡んでいるんだと思います。機会があればピアノの設計をしている方にお話を聞いてみたいです。
良し悪しと言うより、それぞれの特性
乱暴にまとめてしまうと、工業度の高い廉価モデルやスタンダードモデルは寸法どおりガッチリ作ってあるので頑丈で扱いやすい反面、固さゆえの脆さがあります。工業製品ならではの細かい部分にまでは目が届いていない感じも。工芸度の高いハイグレード・フラッグシップのモデルは細部まで人の手が入っていて柔軟で個性的な分、華奢で繊細という感じでしょうか。
ピアノ購入の相談をされたとき、特にこだわりがなければまずは中の上や上の下くらいのグレードのモデルをお勧めするのも、そのあたりのピアノが工業度と工芸度のバランスが一番良いからなんです。
ピアノ選びから管理、メンテナンスまで、両方の性質があることに向き合っていかないとなと思います。特に工業製品であることに過信をしない、工芸品であることを神格化しないことに気をつけていきたいです。
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