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抽象的なイメージから組み立てるピアノの調律

長い期間メンテナンスされていなかったこのピアノの音を出した最初の印象は「遠くにある一斗缶にボールを投げつけたような音」でした。

Victorのピアノは手を入れないと割とそんな感じになりがちです

ピアノの調律をするときは「どこが悪くて、具体的に何をすれば良いか」はもちろん大事なのですが「抽象的なイメージ」で捉えることも大切にしています。

音を何かに置き換える

ピアノの音、タッチを何か別のものに置き換えて想像するようにしています。そのイメージが良いものであればそれをもっと伸ばしていく作業を。改善したいものであれば別のイメージになるためにはどうすれば良いか。どちらにしてもイメージからスタートしてイメージにたどり着けるように考えています。

悪いイメージのものは最初の例や「ダンボールを蹴り飛ばしたような音」のように、わざわざやらないけどやったら不快な音になりそうなものをイメージすることが多い気がします。

良いイメージは「晴れた高原でのドライブ」や「冬の朝の空気」とか「なめらかなプリンの舌ざわり」など、音以外のなにか心地の良いものに置き換えてイメージしています。「このピアノは柴犬の触り心地というよりはトイプードルだな」とか。

このピアノの場合

このVictorのピアノの個性を考えると、最終的には「フィギュアスケートで軽やかに舞っている」イメージに持っていけると良さそうだなと思ってます。

ただ一気にそこまでは行けないので、まずは遠くにあった一斗缶をせめて近くに持ってくる感じにしたい。そのためにはこの作業を...と言う感じで具体的な作業に落とし込んで進めていきます。

実は助かる抽象的なオーダー

調律師へのオーダーの際に、自分が求めている抽象的なイメージがあっても伝えることを躊躇する方もいると思いますが、思ったままを伝えてしまって大丈夫です。(もちろんピアノのポテンシャルによってできる・できないはありますが、伝えるだけはタダですから)

むしろ抽象的なほど良いくらいで、「重い軽い」「硬い柔らかい」よりもっとふわっとしたイメージのほうが本当に求めているものが共有しやすくなるかもしれません。

イメージが大事だと知ったあの時

あるとき〈プレイエル〉と言うフランスのピアノの調律を依頼され、初回は普通に調律しました。でも2回目のご依頼を頂いたときにお客さまから「前回の調律はきれいでしっかりしていて良かったんですが、物足りなく感じてしまって…」「銀でできた食器のような音にして欲しいんです」とオーダーされました。

そもそも銀でできた食器に触れたことが無く、当然そんな音と言われても全く???でも、それっていわゆるどんな音ですか?と聞いてしまうのもなんか違う気がする…

(ステンレスのような均一な輝きではなさそうだ)
(金属の“におい”を感じるものな気がする)
(存在感があるけどどこでも馴染みそうな)
(手入れは大変そうだけど、代々長く使えそう)

とにかく具現化系の修行のように銀製の食器を頭の中でイメージしながら調律してみました。

調律がおわりお客さまに確認をしてもらうと「そうそう!この感じです!よかった〜」「前回は伝わるかわからなかったので言えなかったんです」

音楽以外のいろいろな体験が役に立つ

僕も安心したと同時に、イメージって音に表れるんだなと。

そういえば〈良い音の伸び〉をイメージするときには、中学生のときに国立競技場で棒高跳びを見たときの衝撃を思い出しています。あの、こんなに高く飛べるんだ!?と思ったところから、さらに伸びてしなやかにバーを越えていく感じ。

経験が音に表れる、と言うと月並みな感じがしますが、知ってるものや体験したことを増やして音を表現する引き出しを増やしていきたいです。

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