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秋、暮れ行く

遠方に住む父方の祖母から、秋の味覚が届いた。
栗だ。

父は栗が子供の頃から好きで、まぁ私もそれなりに好きだ。
祖母は毎年、栗を拾って、それをわざわざ茹でて送ってくれる。
愛する息子のために。
上の写真でビニール袋へ入ってるのは、祖母が茹でてくれた栗を入れてくれたからだ。

届いた日に連絡を入れたかったが、祖母の就寝時間を過ぎていた。
翌日になって、お礼の電話を入れた。

もう、祖母には二年ほど会っていない。

訳あって、祖母とは疎遠になっている。父だけは違うけれど。
まぁ、今の私は実家へ引きこもっていることもあり、祖母に「仕事は?」とかいろいろ聞かれたくないってのが目下の最大の理由ではある。

祖母に電話をする。六コールくらいだろうか。
音がして。つながった。
「もしもし。おばあちゃん、私、○○です。お久しぶりです」
祖母の元気そうな声が電話からあふれ出した。
「まぁ、○○ちゃん。元気にしていた?」

栗が無事届いたこと、ほかにも入ってた荷物を見たときの父の反応について話をする。祖母からは、父は元気か、母は、今はどうだという問いがぽんぽん飛び出す。私はそれとなく答えていった。
ふと、電話口の祖母と話していると、ついさっきしたはずの話を再びすることになった。何度も。
一度きりなら大したことはないが、数を重ねれば不審に思う。
たぶん、いわゆるボケが進んでしまっているのだろう。
だいぶ前に電話で話したときに少し気になりはしたが、ここまでひどくなるとは。……おそろしくて、想像するのをやめていた。
連れ合いの祖父が亡くなってからそこそこの年数が経った。年をとった息子である父やそのキョウダイたちも、住んでいる距離があれば会う機会はほとんどなくなる。成人しきった孫たちも、遠方ともなればそうそう遊びには行かない。

電話の途中で祖母が父と話したいと言うので、私は父へ自分のスマホを預けた。台所で、祖母が送ってくれた栗を小型のナイフで剥く。

ネットも繋いでいない、遠方の地で。祖母は一人きりだ。
親戚がときどき面倒を見に、通ってくれてはいる。けれど、日常的に話す相手がいない。毎日。

そろそろ電話を切りそうかも、という感じがしたので、話している最中の父に思わず話し掛けた。

「おばあちゃんに、手紙書こうと思うんだけど。どうかな。別に興味がなければ送らないし。ちょっと聞いてみてくれる?」

書いて送って、と祖母は答えたそうなので、「じゃあ送るね、って伝えて」と私は父へ言った。


電話を終えた父に、祖母の認知が著しく低下していることに触れた。
父も、気づいたときに連絡してはいるようだが、前よりひどくなったと認識していた。
きっとこうやって、私の祖母も、私の親も、私も、年をとっていく。

実のところ、私の母が原因で、祖母とは遠ざかっている。
季節の荷物のやりとりは続けられているけれど、たぶん、手紙や電話といったやりとりは厳しい。特に、祖母から私へ手紙を書くことは難しいだろう。
自宅宛てに届く手紙の投函箱を一番見るのは母だ。祖母もきっと承知している。
私が手紙を送ることで、何かが変わるとも思えないけれど、自己満足でしかなくても、何かしたくなった。

noteを書いている現時点ではまだ手紙を書いてはいない。
丁寧な改まった手紙にしようか、孫っぽく素直に思ったままの手紙にしようか、まだ少し悩んでいる。
あと、便箋と、切手をどうしようかな、とも。


毎年待ちどおしかった栗を送られて、思わず微笑ましくなった。
段ボール箱に貼られた送付状に見知った相手の名前を見ると、なんだろうな、とわくわくしてしまう。
茹でられた栗の皮を一つ剥きながら一つ食べるのはなんだか面倒だなと思ったので、まとめて栗を小型ナイフでむきむきしていた。
栗の外側のつやつやした焦げ茶色に目を細めたり。
ひとつの栗に三匹も虫がいたのに気づいてしまい、一匹一匹発見するたび小さく悲鳴を上げたり。「なんだおぬし!」「まだいる!?」「ここはおいしい棲み処か!」「あーおいしかったんだろうなーおいしかったんだろなーでも虫さんの棲み処……」
剥き終えたいい黄色みの身を見てしまったら口に入れずにはおれない。おいしいなあと時々つまみぐいしながら。
……秋はものがなしい。

何かが、暮れていく気がする。

祖母へ送る手紙には、栗のシールをはりつけようと思っている。


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