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Two Route

隣のデスクの同僚にも。


よく行く定食屋のおじさんも。


すれ違うことの多い マンションの管理人さんも。


両親でさえも。


私とあなたの見えない距離の変化には 気付けるわけがない。


私が 明日の空に浮かぶ雲のカタチを言い当てることが ほとんど出来ないことと 同じくらいに。


それほどに 密閉された 盗まれることのない宝物みたいな部分を あなたは ルパン三世のように 見抜いた。


「最近 彼の様子がおかしくて…」


もう 別れは 避けられないと お互いが悟っていた。


それでも これまでの時間や空間が なんとか繋ぎ止めている。


そんな状態だった。


「…わかってたよ…彼の様子以前に 君の様子がおかしかったから。」


ストローで 頼んだばかりのほうじ茶きな粉ラテを混ぜながら あなたは 飄々と。


「会って話したいけど…どうしよう…」


口に含んだ ほうじ茶の後香を漂わせながら あなたは また 口を開く。


「聞いてる限りだと 彼もまた 会って しっかり話がしたいと考えていると感じたけどね。」


こんな話をした矢先に 彼から メッセージが届いた。


『やっぱり このままじゃイヤだ…あの丘で ちゃんと 君の瞳を見て 話したい。』


驚愕の表情から 内容を察した あなたは『だろ?』と 少しだけ 癇に障る顔をしたまま ストローを また口にした。


数日後。


私と彼は 2人が初めて出会った あの丘で 決別した。


でも 何故だろう。


永遠に 会えなくなるわけじゃない。


そう感じた。


喧嘩をしたわけでもない。


お互いを 憎しみ合っていたわけでもない。


流れ行く時間の中で。


自然と 心の距離感が 変化してしまった。


そして お互いが 隣にいることは違うと 知ってしまった。


何かが 破綻したわけでもなく 温かなお別れだった。


過ごした日々が 胸の奥を ジワジワと 熱くなるような。


自然消滅ではないけど。


自然に放れても きっと お互いを敬えるような。


それでも 彼は ケジメとして 始まりの場所を選んで 想いを伝えてくれた。


やっぱり 寂しかったけど。


それ以上の晴れやかさが 心を満たしてくれたから 違和感とは 無縁だった。


ありがとう。


それだけだった。


「会って 話せて良かったろ?」


減らず口を叩くように 煽ってくるあなたからは 確信に似た自信が滲んでいた。


「うん…本当に 良かった。」


言葉が無くとも。


あなたもまた 私と同じような微笑みを浮かべていた。


「また 始めればいいよ…」


秋風に冷やされた両手をポケットに突っ込んでいたのに 今は 私の掌を優しく包んだ。


「色々…ありがとね。」


スッと あなたの掌を握り返す。


「彼も 君が こうして 自然な笑顔をしていることを望んでいるよ。」


あなたは どこまで 見えているの?


限られた情報量から 正確に 感情を汲み取って 必要最低限の言葉で 導いてくれる。


「同じようなこと…最後に 彼に言われた。」


この前のことのようで。


遠い過去のようにも感じる。


それは あなたが 今 隣に居てくれるからなんだろうね。


「大切にしてたんだよ…彼なりに。」


遠くを見ている その瞳が 何を捉えているのか すごく 気になってしまった。


「そうなんだろうね…愛されてたんだ 私。」


戻れなくても。


忘れることはない。


「これからは 俺の順番なだけ。」


淡々と 告白にも 決意にも成り得る言葉を 風のように サラッと。


それが あなたなんだろうね。


「今度は この海が 始まりの景色に変わるだけだよ。」


子供達が 描いた絵画や文字が 波にさらわれて フォーマットされていく。


波が この砂浜に 押し寄せるのは。


この始まりと どこか同じ。


スケッチブックを1枚 めくるように 明日がくるだけ。


昨日 描いた絵が上手く描けなかったとしても。


また 新しいページに 挑んでいく。


「ここからだね。」


「ああ…」


ひとつとして 同じ波は来ない。


それは 私達にも 同じ日々が来ないことを示唆して 潮の香り付きで 教えてくれているのだろう。



※この作品は『Cross mind』の女性サイドの後日談になります。

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