見出し画像

染める衣は桜色して

永い眠りから目を覚ました。

眠り過ぎだ。

とても夢が続いた。

手を伸ばせば届きそうで。

そこに実体が無くとも 手に取るように感じてた。

繰り返す恋は 短い。

望んでそうなっているわけではない。

ただ どうしてか短いんだ。

原因は 解明させている。

目を開けていられる時間が短いんだ。

暖かさが寒さを通り越す頃にしか 俺は目を覚ませない病気らしい。

季節限定。

期間限定。

これじゃあ まともな愛し方も出来ない。

初めはそう感じて思っていたけれど。

必死に どうしたら深く愛せるかを探した。

それでも 分かるのは難しくて。

その場から動けない俺には 情報が少ない。

目覚めている短い時間には なぜか俺の目の下には 人が集う。

正方形に澄み渡った透明な丸を付けたモノが 俺を色んな角度から ジロジロと睨むように向けられる。

カッコイイのか?

なにかおかしいのか?

考えても 答えは出ないし 俺は応える方法を持たない。

突然 淡かったり 濃かったりする小さなカケラが舞い散るんだ。

そこで 人々は 俺の持たない声というヤツで 嬉しそうな顔をするんだ。

それは 俺には出来ないことだから 正直 羨ましく見下ろしているんだけど。

俺も若くないことは分かる。

ゼロから始まった記憶の中には たくさんの声と顔が思い浮かぶから。

きっと 悪い気分にはさせていないんじゃないかな?

笑顔ということが多いから。

ただ たまに俺を笑顔じゃない違う顔で見つめて 樹液のようなモノを流す人がいる。

視線を逸らしたくても 逸らせない。

なんて顔をしているんだ。

身体を上に下に落ち着かない様子で 樹液の量はふえていく。

釘付けにならざるを得ないよ。

そんな顔しないでくれよ。

あれ?

この感覚 いつか?

俺は なんで人を知っている?

そうだ。

サクラって呼ばれてた。

眠りが永いと覚えたはずのことも どこかに見失う。

思い出していく中で『まただ』『そうだった』と。

いつかは分からない。

ただ 俺は 見下ろした彼女と会う度に 深い感情を風が届けてくれた。

「今年も会いに来たよ。」

クチというモノがある彼女は 風に似た息を吐くように言葉という不思議な力で ことあるごとに教えてくれた。

何度 クチがあればと願ったことか。

今度は何を教えてくれるのか。

人の言葉では これをドキドキする 胸が高鳴ると言うそうだ。



あなたに偶然出会えた事で 何かが吹き零れた。

過ぎてしまった瞬間を癒してくれた。

後悔を香りが帳消しにした。

「ねぇ…サクラさん あなたはここに独りで寂しくないの?」

彼氏と別れたばかりの私は 心では収まらなかった。

応えがあるはずもないのに。

私は あなたに何度でも 話し掛けてしまう。

人は失ってから 大切さや有り難さに気付く。

彼氏との別れは 自然としていた笑顔の中に在った。

動くことも 喋ることも出来ないはずなのに あなたは 毎年のように 美しい華を咲かせて 潔く散る。

そして 何も言わずに 私を受け止めてくれる。

ありがとう。

この気持ちがある限り。

あなたが咲いている時だけでも 会いに行こう。

どんな私だったとしても。



俺は知らず知らずの内に 恋をしていて 愛を芽生えさせたらしい。

もし仮にそんなことを伝えられたら 彼女から どんな顔やどんな言葉が飛び出すんだろう?

これは ドキドキじゃなくて ワクワクとか言うらしい。

人の言葉は 種類が多くて大変だ。

それに 彼女が発している言葉は 日本語というものらしく それ以外にも色んな言語と呼ばれるものがあるみたいだ。

彼女の声以外は 別に聞こえなくてもいいような気もするが ちょっとだけ興味がある気もする。

気のせいかもしれないけど 彼女のお腹が やけに目に付いた。

「ほら サクラさんに挨拶してみる?」

彼女と比べても小さい 俺と比べたら とんでもなく小さい その存在を表す言葉を 俺は彼女から教わっていない。

「この子は 私の子供。」

そうか。

子供と呼ぶのか。

彼女のやけに目に付いたお腹から違和感が無くなっている。

彼女の子供が 無邪気に俺に触れる。

悪い気はしない。

むしろ 正反対の気持ちが湧いた。

徐ろに彼女は 子供を手というモノで抱き上げ 包み込んだ。

俺もしてみたいと思った。

でも それは叶わない。

そして 敵わない。

出来ることといえば 風に協力してもらって 花弁を散らすことくらいのものだ。

狙うわけでもなく風が吹く。

この際だ。

散れるだけ散ってみよう。

彼女と子供が喜ぶのなら いくらでも。

今年は少しだけ 起きていられる時間が短かったとしてもいい。

また 会えただけで 俺は満足したから。

また来年 会えれば きっと それが幸せとかいうやつなんだろう。



「そろそろ行くね…サクラさんにバイバイして?」

子供が手を振った。

そんな時に限って 風が止む。

これじゃあ 振り返せないよ。

風が 俺に手を振る代わりに 散ることに協力してくれているのだと痛感させられる。

身動きが出来ない俺にも 感謝というヤツを出来る相手が 少なからずいることに驚き 熱くさせた。

陽射しがなければ 俺は咲くことも難しいとはいえ 今の俺には 陽射しが熱過ぎる。

嬉しいはずなのに 苦しさも同時だ。

心地良さと気持ち悪さが混ざっているが 心地良さが勝ってしまうのだから 目を閉じたいとは思えなかった。

待つことしか出来なくても 会いに来てくれることが 当然のような気もしたが どこか違う気がした。



また会えた。

彼氏でも夫でもないのに。

色んな運命があってもいいと思う。

あなたは 毎年のように 私の中で更新される。

端末を開こうとする度に姿を現して 見守ってくれる。

「芳樹(よしき)…ほら 今日のサクラさんだよ?」

芳樹は 知ってると我が物顔で 指差しながら 笑った。

「また来年も会いにいこうね。」

「このサクラさんが 舞衣の恩人か…」

「そうだよ…失恋して泣き崩れて どうすればいいのか分からなくなってた時に サクラさんに 偶然出会ったの。」

「それがあって 今があるってことだ。」

「ねぇ…何のお話してるの?」

彼女にとって俺は恩人というらしい。

そして また1人 彼女の横には増えている。

彼女の名前を覚えた。

ただ また眠りにつけば そこまでの深い情報は消えてしまうのかもしれないが。

彼女という存在を忘れていないところを見ると 覚えていられそうだけど。

忘れたくはないさ。

「このサクラさんが居たから 芳樹は産まれたんだよ?」

俺は別に何もしていない。

気紛れに風が吹いて 揺れただけのことに彼女は感謝しているらしい。

なんとも言えない気持ちではあるが 彼女が笑顔なことだけが救いだ。

「そうなの?…じゃあ お父さんと一緒だ!」

この前は 言葉を話さなかった子供が 高い声で そんなことを言うものだから 俺にも 子供がいるらしい。

「面白いこと言うな 芳樹は。」

彼女よりも 俺に少しだけ近い高さの人が 微笑みながら 俺を見つめていた。

「そうだよ!…そうでしょ?」

彼女に答えを求める子供に彼女は 困ったように微笑んで あの時よりは大きくなった子供の身体を包んだ。

「そうだね…芳樹には お父さんとサクラさん 2人とも 似てるのかもね。」

どうやら 俺は 望まずとも父親ということになったらしい。

これも 悪い気がしないからいいか。

俺は 眠りにつくことで子供が出来る不思議な力を持っているみたいだ。

今 この俺の中にある気持ちがなんなのか。

それを知りたいと思うのは おかしなことなのだろうか。



「初めて見たけど 大きくて綺麗なサクラだったな。」

私にも 信じてもいいと思える出会いがあって。

彼と出会って 幸せは 願うだけじゃなくて。

なるものだって。

その先に 芳樹が待っていてくれたんだと 今なら分かるから。

もし あの日 あの時間 あの場所に私が向かわなければ こうはなっていないんだろうね。

「ずっと見せたかった…少し遠いから 時間が掛かったけどね。」

あなたに会う為には どうしても時間が必要で。

なかなか 彼を連れて来て 紹介出来なくて ごめんなさい。

「サクラさん 良い匂いした!」

芳樹が感じた香りを私は これまで何度も感じてきた。

香る度に 日々の中にある様々な葛藤が嘘みたいにリセットされて この心に満開の桜が咲く。

「お母さんも サクラさんの香り好きだよ。」

桜の香りがするだけなら 他にいくらでもあるけど あなたから香るのは 特別で 格別だから 代わりが効かない。 

「春を感じたね。」

彼は 私の顔を見たまま 窓の外にあなたを思い出すように視線を向けていた。

なにがあっても立ち直れたのは サクラさんのおかげだよね。

あなたが運んでくれたのは 香りだけじゃなくて 彼とこの子も間違いなくそうなんだよ。



しばらくは 彼女を含めた親子というヤツで 俺に会いに来てくれた。

その度に大きくなる子供は いつか彼女の大きさを越えるのかもしれないなんて想像した。

俺は 僅かではあるが 常に大きくなるらしい。

言われてみれば 彼女との距離が 遠くなった気もする。

それよりも もしかしたら 彼女自身が小さくなっている可能性も否めないが。

もう何度目か分からないが 俺が 彼女と会う時に熱くさせるのは 3人の雑談から察するに愛というモノらしい。

記憶が増える度に 忘れてしまうことも増えているはずなのだが どうしてか 彼女の顔だけは いつも 記憶の片隅に必在していて 消えることはなかった。

そう 彼女に会うことが減った今でも。



「芳樹…産まれてくれて ありがとね。」

私の最期は近い。

唯一 思い残すことがあるとするなら サクラさん あなたに会えないままなことくらいかな。

「母さん…俺を産んでくれて ありがとう。」

芳樹は 悲しさと寂しさを感じながらも ありがとう以上に 想いを伝える言葉が見つからなかった。

芳樹も 感謝の出来る優しい人に育ってくれた。

それだけが嬉しかった。

そして 芳樹にも愛する人が出来て 孫の顔を見ることが出来た。

この生涯には 胸を張れるなと 心が納得している。

「舞衣…俺を選んでくれて ありがとう…あのサクラさんには 感謝してもしきれないよ。」

こんな私を支え続け 見守ってくれた彼には 頭が上がらない。

悩み傷付くことがあっても いつも傍にいてくれた。

(サクラさん…あなたもですよ?)

細くなる呼吸の中で 伝えたかった伝えられない言葉を並べた。

「ねぇ…お願いがあるの。」

それは 私が出来る最後の事。

それが 私の精一杯。

サクラさんも春が終われば 1年の永い眠りにつくけれど こんな感じなのかな?

あなたは 春になれば 目を覚ますけれど 私達は 二度と目を覚ますことはないみたい。

お別れだね。

今度は もっと遠い場所から 見下ろして あなたを探すから。

会いには行けないけど。

感じることは出来る。

思い出すことは出来る。

また あのリセットしてくれる爽やかなスッキリする香りを。



あれから何度 寝ては起きたんだろうか。

待っても待っても 彼女が会いに来ることはなかった。

会いたくても会えないこの感情は 彼女から習っていない。

いつか教えてもらえる日が来るのだろうか。

「サクラさん…俺のこと 覚えていますか?」

背の高い人が 突然 聞いてくる。

俺のことをサクラさんと呼ぶ人は 1人しか知らない。

でもそれは 彼女1人なはずだ。

追い付かない。

待てよ。

有り得るとするなら 彼女が かなり前に連れてきた 彼女よりも大きい人と子供だ。

「お母さんとよく来ていたんです。」

やはりそうだ。

あの断片的に俺の大きさに近付いていた子供だ。

それに 彼女ではない誰かが 子供の横に2人いた。

あぁ。

そういうことか。

彼女が 子供を初めて連れてきたことを子供が繰り返しているのか。

「お母さんが会いたがっていたので 連れてきました!」

そうは言うものの 彼女の姿は見えない。

かろうじて見えたのは 笑顔のまま動かない四角い枠に収められた 小さな何かだ。

子供が嘘をつくことはないだろう。

「ここにお母さんが居ます。」

彼女は この小さな枠に収まることにしたみたいだ。

選んだなら 何も言えないさ。

言わないさ。

「お母さんは…最後まで サクラさん あなたに会いたいと言いながら…遠い場所に行ってしまいました…」

遠い場所とは どこなのだろうか。

俺が彼女に会いたいと思うのに 会えないことと似ている気がした。

「これが お母さんの最初で最後の俺へのお願いでした…だから 今日 ここに来ました。」

子供の言い方からすると 彼女がここに来ることはないのだろうと感じた。

代わりに来たということか。

「これは お母さんが遺した手紙です。」



サクラさんへ。

突然 会いに行けなくなって ごめんなさい。

行きたい気持ちはあったんだけど サクラさんと違って 命が短い私は ずっと会いには行けそうにありません。

なので この手紙を息子である芳樹に託すことにします。

初めて あなたを見た時。

私の中にあった迷いや悲しみが消えるように どこかに飛んでいってしまいました。

私は あなたの香りが好きでした。

サクラさんの存在を愛していました。

人なのに 人ではないあなたを愛することが おかしいとは思わなかった。

大切で。

助けてもらったことには違いないから。

あなたが 私をどう思っていたかは分かりません。

どんなことを感じていたとしても 私にとって必要な存在だったこと。

それだけは 命の長さなんて関係ないからです。

導かれるように 出会えたことに ただ感謝と運命を感じています。

これからも 芳樹や子供達だけじゃなく たくさんの人を笑顔してあげてください。

私が愛したのは そんなサクラさん あなただったから。

もう会えませんが 心の中で また会いましょう。

これからも 愛しています。



今 俺は どんな顔をしているんだ。

子供が読む1つ1つの言葉に 樹液に似た あの透明な液体を流してみたかった。

あの液体の名前を彼女から 教わることはなかった。

何度目だ。

クチがあれば。

これまでで1番 そう願っている。

話してみたかった。

触れて見たかった。

もっと近くになりたかった。

俺も 彼女に愛してると 言ってみたかったのに。

風が加減を知らないまま 嵐のように吹き荒れた。

乱暴な花弁が 叫びのように辺り一面を覆い尽くした。



写真立てに映る舞衣の遺影が身に着けているフワフワな上着は サクラが毎年散らす あの花弁と同じ色をしている。

そう。

それが 舞衣の最後の願いだったのだ。

「最後に撮った サクラさんの写真と同じ色の服がほしいの。」

それ以外 何も悔いはなかったのだから。

どんな方法でもいい。

舞衣はサクラに どうしても会いたかった。

そして 自らの命の長さも理解していた。

選んだのは サクラと同じ色の衣装を着た自分で会いにいくこと。

胸にある愛を届ける為に。

サクラに愛していると告げる為に。

もう彼女に会うことは出来ないらしい。

子供が読んでくれた言葉を心が捉えた。

恋を。

愛していたのは 俺だけなのだと考えていたけど どうやら 彼女も 俺を愛してくれていたみたいだ。

この命が消えるまで この柔らかく熱い優しさに満ちた感情を抱いたまま 目を閉じては覚ましていこう。

俺が枯れる日が来たとしても。

俺と舞衣は枯れない。

どこにもいかない。

どうにもならない。



風が吹く。

風が吹くだけのことを誰も気にも留めないだろう。

ただ2人にとっては それは祝福。

舞い落ちる薄桃色が 渦巻いては また舞い踊る。

季節も。

時間も。

総てを越えて 2人は風と香りの中で 何度でも 花弁のように 恋に落ちる。

そうだ。

あの樹液のような人の流す液体の名前を教えてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?