【第1回】浅漬けに支配された僕は彼を二度殺した。
久しぶりに帰省をした。
就活の関係で実家に立ち寄ることはあったけれども「帰省」そのものを目的とした帰省は本当に久々。
最近帰れてなかったからだいぶリラックスできたように思う。
地元の友達と遊んだのも楽しかった。カラオケの楽しさなんて忘れてたよ。
とにかくリフレッシュできた帰省。短かったけれども帰れてよかった。
でも僕の心はどこか靄がかかっていた。
もらった花束の中に一本枯れた花があったような。買ったばかりの白シャツにシミをつけたような。
何を隠そうずっと僕の頭をぐるぐるしてたのは「浅漬け」のことだ
これを読んでいるあなたは「何言ってるんだお前」と思うかもしれない。
実は最近暑くなってきたから夏らしくきゅうりの浅漬けを作ってポリポリと食べるのが日課になっていた。
「漬物を作る」というとなんだか面倒に感じるかもしれないが、こと浅漬けにおいてはとっても簡単でお手軽だ。
市販の浅漬のもとを使えば昔CMで放送されていたように「きざんで・つけて・もむだけ」でわずか20分で浅漬けが完成する。
たったこれだけしかしていないのにめちゃめちゃおいしい。きゅうりなんて1本30円〜50円で収まるし値段も手頃だ。
風呂に入るなり、夕飯を作るなりしていれば、20分なんてあっという間に過ぎる。
帰省の前日もいつものように浅漬けを作った。そして漬けたまま食べ忘れ、あろうことか帰省してしまったのだ。
浅漬けを作ったことがない人にはピンとこないかもしれないが、浅漬けは汁に漬ければ漬けるほど塩辛くなってしまう。
一晩くらいならむしろ味が濃くなって美味しいくらいなのだけれども、それを超えると塩辛い。
浅漬けは普通の漬物と違ってそれなりに量を食べるものだと思っている。
要は普通の漬物がごはんを支える脇役だとしたら浅漬けはおかず一品として成立する主役というわけだ。現に某牛丼屋のチェーン店で提供されるおしんこ(浅漬けの別の言い方)は定食で出るような普通の漬物に比べても量が多い。
そんな浅漬けが塩辛かったら、浅漬けの良さが台無しだ。
今回の帰省では4日間家をあける予定だった。帰省を終え下宿先に帰ったら5日間もの間、漬けられた浅漬けと僕は対面することになる。
長く漬け込んだ浅漬けなんて、そんなものは浅漬けじゃない、言うなれば深漬けだ。そして深漬けなんて言葉は存在しない(ググっても出てこなかった)。これは浅漬けは長いこと漬けてはいけないことを表しているんだろう。
浅漬けは浅く漬けるのがいいのであって長く漬けたってただの塩辛いだけの物体ができてしまうだけに違いない。それはもう食べ物じゃないんだ。
ましてや浅漬けは塩分濃度がそんなに高くなく保存が効かないのだ。
塩辛いを通り過ぎて傷んでいたらどうしよう。塩辛いだけならまだ我慢すれば食べられる。でも傷んだらもう食べられない。
一人暮らしをし始めた頃、野菜を消費しきれずに腐らせた、あのときの罪悪感を思い出した。
実家へ向けて走る電車の中でそのことに気がつき頭を抱えた。なんてことをしてしまったんだ。俺のバカ野郎。
さすがに引き返すことはしなかったけれども、あの浅漬けのことが気がかりでしょうがなかった。
あの4日間、僕の思考は完全に浅漬けに支配されていた。
そして5日後。
下宿先に帰った僕は冷蔵庫で変わり果てた浅漬けを見つけた。
濁った液、酸っぱい匂い。とてもじゃないが食べられるようなシロモノじゃなかった。
湧き上がる罪悪感、後悔、そして悔しさ。
あのとき漬けたことを忘れなければ。漬ける前に荷造りをしておけば忘れなかっただろうに。
でも、そんなことを思ったって浅漬けはもう戻らない。
このまま食べる事も考えたが食中毒で大変な目にあった経験のある僕はどうしても口に運べなかった。
浅漬けは死んだんだ。いや、僕が殺したんだ。
死んでしまった浅漬けをゴミ袋に入れる。
ただただ悲しい。浅漬けを腐らせ、それを捨てるだなんて浅漬けを二度殺したも同然だ。
このことは絶対に忘れない。二度と繰り返さないと誓おう。この罪を背負い、これからも生きていこう。
今日、僕はまた1つ大人になった。
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