しんゆうとへのじぐち。
わたしって人より思い出というものを忘れてしまいやすい頭の構造をしているらしく、よく友だちと昔話をしていても「え、そんなことあったっけ?」「その場にわたし、いた?」っていうことが冗談抜きにしょっちゅうあるのです。
もしやわたしのドッペルベンガー?はたまたわたしには実は二面性があって、その時に応じて別の人格が現れてるから記憶が散らばってるの?と本気で心配になってしまうレベル。
それでも「嫌な思いをした記憶」っていうものはどうしても心の奥底に残ってしまうようで、いくら頭が忘れてても時々心がグルグルして、「そういえばあんなことあったな、悲しかったな、苦しかったな、消えたかったな...」と驚くほど鮮明に記憶として蘇ってくる、ということが時々ある。
そして今日、ふとした瞬間に蘇った記憶があって、すごく嫌〜な気持ちになったので、ここに書くことで消化、そして自分はおかしくないんだ!ということを証明することにした。
遡ること約20年前。
これはわたしが小学3年生だった頃のお話。
当時わたしには所謂「親友」という存在がいた。なんで仲良くなったのかはこれまたあまり覚えてないけど、よくお家遊びに行ったり来てもらったりしたし、学校でもよく一緒にいた。
でもなぜかその時の担任に「もっと他の人とも仲良くしなさい」って呼び出されて言われたの。突然。
...は?って感じじゃないです??
もしわたしが親友と仲が良すぎるがために、他のクラスメイトを仲間外れにしてしまったり喧嘩してしまったりとか、何かしらの問題を起こしていたならまだしも?そういうのなかったわけですよ?
まだまだ小さかったわたしですが、それなりに考えてしまい、「特別に仲の良い友だちを作るのは良くないことなのか」と実はちょっと塞ぎ込みました。
まぁ、その後も小学校在学中はその「親友」とは変わらず仲良くしてたけどね。(中学校以降は学校も離れてしまい、会うキッカケも全然無くそのまま離れてしまったけれど。。)
たぶんわたしが他人と近付きすぎることを躊躇するようになったのは、この時の経験のせいなのかもしれないなあ。
それ以降の学生時代、そして社会人になってからも、「この人ともっと仲良くなりたいな!」って思っても踏み留まってしまったこと、何度かあったもん。
そう考えると、未だに仲良くできてる地元の友だちとか、上京してからできた友だちの存在って超偉大。みんなだいすき。
実は、更にもう一つ小学3年生の時の担任に言われたことですごく傷ついたことがあって。
クラス全体で考えなきゃいけない問題を帰りの会の時に担任が提起してたんだよね。その時の内容はあまり覚えてないけど(笑)
でもとりあえず普通に聞いてはいたんだよね。
そしたら突然名前呼ばれて、「なんで怒ってるの?」って言われたの。
...は?ってなるよね??
怒ってないですって返事したら、
「口が尖ってるわよ」
って言われたの。
...はああぁぁぁ??ってなるよね????
でもまたこれ以降もわたしは自分の口元や顔付きを気にするようになりました。
わたしって舌が長いんですよ。舌が鼻に付くんですよ。わたし自分以外に付く人見たことないです。
何の話?って感じですが、担任に言われて以降自分の顔面を気にするようになって観察し続けた結果、真顔が口尖ってて口角が下がってることに気付いたんですよ。意識して唇引っ込めるようにしてるし口角上げるようにもしてるけど、無意識の時は大抵への字口だね。(笑)他人より舌が長くて上手いこと口の中に収まらないからだと思います。(キリッ
いきなり怒ってもないのに「怒ってるでしょ?」って言われたら誰でも「は?」ってなるじゃん。
相手の感情を勝手に自分の損得で決めつけて押し付けること自体がおかしいんですよ。
とまあ、こういうことがあったから、わたしはこの先生のことがずっと苦手で。
確か自分が小4に上がるタイミングだったかで、その先生は付属の高校に異動になって、小学校で関わる機会は減ったからすごい嬉しかったなあ。それでも廊下で高校と繋がってるから、時々すれ違うこともあって、顔も見たくないし見られたくないし挨拶もしたくないから、近くに隠れられそうな時は隠れて出来る限り避けてた。
本当今改めて考えても、あの先生何だったんだろう?
何をしたかわたしには何も記憶がないけれど、きっとわたしが何かすんごぉぉぉぉく生意気なことでもして、その担任はわたしのことがすんごぉぉぉぉく嫌いで、事あるごとに何かしら理由つけて注意してストレス発散でもしてたのかもしれないね。
性格って、先天的に備わってる部分も大きいけど、自分を取り巻く環境でいくらでも変わるもので後天的な面の方が絶対的に強いと一個人としては思う。
少なからずわたしは、自分は高校に上がるあたりまで人間関係を築くのが苦手だったけど(理由はまた今度何かのタイミングで書こうかな)高校で出会った人たち、大学進学をキッカケに上京して全国様々な所から集まった共通の興味、似たような夢を抱いた人たちのおかげで、人と関わることを執拗に恐れなくなったし、中学生の頃からは考えられないくらい積極的な人間になれた。
「第一志望の高校に入れなくて落ち込んでた時もあったけど、蓋を開けてみたらずっと入りたいって言ってた弓道部にも入れて、素敵な友だちや先生方に恵まれて、本当に良かった。」
「良い意味で大学に行ってから変わった。はじめは上京させるの不安だったし地元近くの大学に進学して欲しいって思ってたけど、思い切って行かせて良かった」
って両親にも言われるくらいだったから、たぶん相当変わったんだと思う。性格は変えようと思えばいくらでも変えられる。
環境がいかに人の性格や生き方に影響を与えるか。
そう考えると、
自分が生きにくいなって思う環境に無理して居続ける必要はないし、
逆に、ここにいると自分らしく居られるな、この人といる時の自分好きだな、って思う環境には思う存分居座るのが一番だよね。
時々思い出すのはもちろん嫌な記憶だけじゃ無くて、良い記憶もあるよ。
その中でも特に好きなのは、大学の時に出会った大好きな友だちが言ってくれた
「トミー(わたしのあだ名です笑)が違うって思ったら違うし、これだ!って思ったらこれなんだよ。」
っていう温かい言葉の記憶です。
そのおかげで大学3年生の時思い切ってそれまでとは別の課程に進む決断ができたし、心と身体が悲鳴をあげてる時に仕事を辞める決断もできた。
そうそう。への字口に関しては、最近母親が1歳だった頃のわたしが娘ちゃんにそっくり!と送ってきてくれた写真に写るわたしの口が完全にへの字口で口尖らせてたから、これはもう生まれつきのものであり、言ってしまえば「個性」だ!と思えるようになりました。
そして娘、わたしの小さい頃にそっくりです(笑)娘可愛すぎて、どうもわたしから出てきたとは思えない、取り違えられたのでは...という一抹の不安が拭えずにいたのだが、一瞬で消え失せた。紛れもなく、あの子はわたしの子だ。
20年前と今現在、わたしの「親友」と「への字口」は全くの別物となりました。環境の変化で捉え方は七変化する。
でも、どちらも紛れもなくわたしの物に変わりはない。
余談だけど、今後も社会復帰するとしたら子どもと関わる仕事、教育関係の仕事がしたいと思っている身としては、あの担任のことは一生反面教師にして行こうと思います。だって、やっぱりどう考えても納得できないもん!
わたしは根に持つ女だぞーーー!!!
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