電話対応

おそらくどの職場でも同じだと思うが、新人社員が最初に学ばないといけないことの一つとして電話対応がある。

例年であれば、新人は最初の研修で「名刺の受け取り方」や「挨拶の仕方」などと共に、社会人のマナーとして「電話の受け取り方」を学ぶのであろう。しかし、今年は去年に引き続き、感染症対策でマナー研修は全て先送り。

実際に経験して学ぶのが1番早いだろうし、研修を受けなくてもなんとかなるだろう…と思っていた、が。

コールが聞こえたら、まるで競技かるたの大会かのように受話器を取り合う職場の人々。素早い人だと、「プルルルル・・・」の「p」の時点でとる人もいる。「ちゅらさん」のおばぁ(平良とみ)みたいに、電話が来るのを予知する能力を持っているのではないかと疑いたくなるほどだ。

最初のあたりは、そんな”競争社会”でやっていけるのか、、、トホホ、、と思っていたが、我ながら成長したと思う。一か月も経つと自分もプレーヤーの一人として日々受話器を奪い合うようになっていた。受話器を見る目も鋭くなったと思う。

ただ、肝心の”対応”の方はまだまだである。

「はい、○○(所属名)の~~でございます。」

「△△のことですね。担当の者に代わりますので少々お待ちください。」

「申し訳ございません、ただいま◇◇は会議に出ております。もしよろしければ、こちらから折り返しお電話差し上げますが…」

「お忙しい中お電話いただきありがとうございました。失礼いたします。」

こういった「定型文」で受け答えができる内容の電話であれば、まだ大丈夫なのだが、(実際こういう電話が8割を占める)
たまにかかってくる、予想だにしない電話に出くわすと、さすがにまだまだビビってしまう。

例えば。


【事例1(神奈川県・40~50代男性)】

「新聞でおたく(職場は新潟)の広告が載っていたから電話かけたんだけど。私の友達、かつまさ君(仮称)っていうんだけど、かつまさ君は今新潟に住んでいて、そのかつまさ君とは小さいころから鬼ごっこやかくれんぼをしていて。そのかつまさ君からこの前手紙が来て、新潟をふと思い出したんです。」

私「はぁ、、。」

「そのかつまさ君と同じくらい仲が良かった中川さんは今どうしているか気になって。この間、ある新聞社の受付にいったら、その新聞社の受付嬢が中川さんにすごい似ていて、驚きました。それで、そのかつまさ君は、中学に上がってから……」


~以降思い出話を30分~

私「そろそろ準備がありますので。申し訳ないですが、またお願いします。」

かつまさ君の知識だけが増えた30分間。

かつまさ君と偶然どこかで会えるといいな、と思い込みながら、何とかこの30分を前向きに捉えようと頑張ったが、ポジティブ思考な私でも無理なものは無理だ。

新人でまだ仕事にゆとりがある自分が対応できただけまだ良かったが、本音では、あの時受話器争奪戦に勝ってしまった自分をものすごく恨んだ。

~その後日、
先輩が1時間半にもわたる電話を受けていて(同じく自分の思い出話を語る電話)、自分もまだまだ強くならなければと思ったのであった。


【事例2(住所不明、60~70代女性)】

「おたくにミレーの「晩鐘」はありますか。」
 
私「「晩鐘」はございません。「晩鐘」はフランスのオルセー美術館の所蔵です。」

「・・・ミレーの「晩鐘」はありますか。」

私「いえ、フランスのオルセー美術館にあります。」

「フランスはどこの国にありますか。」

私「フランスは、フランスという国です。」

「・・・ミレーの「晩鐘」はどこにあるのですか。」

私「フランスのオルセー美術館です。」

「そうですか。ブツッ」

ここでは会話の一部分のみ載せたが、おそらく10回は「ミレーの「晩鐘」はどこにありますか」「フランスのオルセー美術館です」の会話をしたと思う。
オルセーはフランスのどこにありますか、と聞かれたら恥ずかしながら即答できなかったかもしれないが(ご存じのようにパリにある)、まさかフランスはどこの国にありますかと聞かれるとは。


相手は電話に何を求めていたのか、自分がどう伝えたら相手にとって最適な受け応えであったのか、まじめな人であれば考えるのかもしれないが、私はただただこういう電話が来たこと、こういう電話をする人がいることに驚いてしまうばかりで、それ以上この体験から何かを感じることはできなかった。



この二つの事例は、どちらも決して「いたずら電話」ではない。
相手にとっては”真面目な”電話であるから、私も戸惑ってしまったのである。
しかも、声だけの会話で相手の顔が見えない状況。
対面であれば、もう少し冷静に対応できたかもしれないが、顔がみれないからこそ、相手の会話の温度感が掴めず、よくわからないまま話を聞くことしかできない。

おかしな人がいるものだなぁ、と笑い飛ばせられる話なのかもしれないが、あの時私が電話越しに感じた温度感は、笑い話にできるものとは少し異なるものだったと覚えている。


それにしても、電話対応は難しい。
電話に出る時に、少し声色が高くなったり、口調が変わる人を、前はおかしいなぁと思いながら見ていたが、声だけで自分の印象が判断されることを学んだ今、笑うことはできなくなった。
どういった声で、どういった発音で取れば良いのだろう。お風呂に入りながら、ちょっと練習しようと思う。






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