「~~~せねば」で決めていないか、の問い直しと手放し
レストランのパートタイムワーク辞めました。
「なんか違う」と感じたら離れよう、それまではやろうと決めていたんだけど、早くに訪れてしまいました。
まずは病気。
甲状腺の病気発症、仕事どころでは無くなった。
これまで普通にできたことが、日常生活が、 まともに出来なくなった。
「一日動けるってすごいよな」
40年程生きてきて実感。
私が働いていたレストランは会員制です。お客さんは社長やお金持ちなどが多い。駐車場にはいつも高級車がたくさん止まっていて、ここならではの光景が見られました。
そこで働くことは他の飲食店ではできない貴重な経験ができそう、という前向きな思いでやってたからそれなりに楽しんで充実していたと思います。
仕事自体はハード。
飲食店は基本ハードなのは経験上知ってたからそのうえでやってた。
皿を何枚まで重ねて持てるか、熱さにどれだけ耐えられるのか、という限界にチャレンジしたりしてた(自分の中で)。
一緒に働いていた人。
私がいた所はバリ縦社会の構図があった。
それは慣れてたから、私にとっては別にどうということは無い。
そこに適応していくだけ。
私は歓迎されていた方だと思う。
周りの人達は良くしてくれたし、教えてもらったり、私生活の話なんかもした。
ただ人間関係を俯瞰してみると、ちょっと複雑だな、やっかいだなと思うところもあった。
私はまだその関係性に溶け込んでいなかったから俯瞰して見ることができたのだ。
女性特有の関係性。男性性の職場での位置の意識。
こういうの、なんか久々に見せられた感じ。
体調を崩してこれまで通りの動きができなくなったのと、良くなっても不安感がつきまとい(忙しい時間帯のあの流れに着いて行けないのではという)、それでも私はやりたいのか、と自問自答をした結果、辞めることにしたわけだ。
やりたい気持ちが強かったら、前向きに復帰してた。(「やらなきゃなー」というのとヴァイブスが違う)
新しい関係性を手放すことについてはもう1人の私が言ってきた↓↓↓
「せっかく良くしてくれる人たちがいるのにそこから離れるの❓新しい人間関係を手放すの?」
私の出した答えは、
離れても本当に縁があったら繋がるはず、という信念。
その関係をつなぎ止めておきたい、切りたくない気持ちがあったら、きっとどこかで繋がる。
もしそういう人がいたらきっと連絡先を聞いたりすると思う。
なのでそれについては深く考えることをやめて、身を任せることにした。
正直なところ、その関係性、切れても私には必要ないと思う部分もある。
今回の辞めた件は、自分と対話するきっかけを与えられた、と思っている。
そこは居心地がいいのだろうか。
私はそこへまた行きたいのだろうか。
ということ。
「石の上にも3年」とは私が就職について強制的に意識させられた頃、周りの大人たちからの洗脳の一部で、我慢や忍耐がそれに当たる。
私は身の置き方について、あっちへこっちへと移動することは悪くないと思っている。それこそ軽やかに移動できるというのは執着が無くて良い。
なにか夢中になれる事にであったら、我慢しなくても3年なんてあっという間に過ぎるはず。
根無し草っていう皮肉を言われたって、あるべき所に到着したら根を張ればいい。
私は今回みたいに強制的に行けない状況にならなかったら、とりあえずまだ働いていたかも。しかも疑問は大きくなっていく一方で。働きながら、「?」マークで溢れかえる前に離れたわけ。
自分が決めた事には自信もっていい。
I trust myself.だし。
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