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『ポスト・オリエンタリズム』〈第1章 亡命知識人について〉ハミッド・ダバシ

 エドワード・W・サイード著『知識人とは何か』の序文として書かれたハミッド・ダバシ著『ポスト・オリエンタリズム』の〈第1章 亡命知識人について〉を読むと、アイロニックであることは〈開く〉行為であることがわかる。


 ダバシによれば、『知識人とは何か』の核心はその第3章にある。すなわち、故国喪失者そして周辺的存在であることが知識人の条件だとする主張は、パレスチナからアメリカへ亡命したサイード自身の経歴から導き出されるものとして読めるが、同時に、亡命状態(エグザイル)には文字通りの意味と隠喩としての意味があるとされ、前者の例をサイード自身、後者の例としてチョムスキーの名前が挙げられる。サイードは自身の出自である前者の立ち位置から、より普遍性を引き出すように、後者に自らの要素を開くように議論を進める。


 ここで隠喩としての亡命状態とは、社会に対しアウトサイダーに徹する営為をいう。

つまり、けっして完全に順応せず、その土地で生まれた人びとから成るうちとけた親密な世界の外側にとどまりつづけ、… 安住しないこと、動きつづけること、つねに不安定な、また他人を不安定にさせる状態をいう。
(『知識人とは何か』93ページ)

 亡命状態に立たされるということは、自ずとこのような条件に置かれるものと思えるが、最初はそうであったとしても、時間の経過とともに安住する人もいるだろう。そこであえて「安住しない」という意志を持つこと。それが知識人の条件であると、サイードは述べる(「自分の家でくつろがないことが道徳の一部分なのである」アドルノ)。


 一方で、次の引用は、現実の亡命者としてのサイードの吐露として読める。

 べつの国の市民に、よしんばなれるとしても、ぎこちなさはどうしてもぬぐい去りがたく、努力してもしがいのないところがある。そこであなたはずっと、失ったものを悔やみつづけるだろう。周囲の者たちのことが、うらやましい。彼らはいつもくつろぎ、愛する場所から離れず、生まれ育った場所で暮らし、かつて自分たちが所有したものを失うという経験もなく、そのうえさらに、二度と帰れない生活の記憶に煩悶することもないのだ。けれども、そのいっぽうで、リルケがかつて述べたように、亡命者であるあなたは、自分の環境のなかで初心者になれる。
(『知識人とは何か』107ページ)

 最後の「自分の環境のなかで初心者になれる」というどんでん返しは、第4章での「知識人とはアマチュアである」という定義へと展開される。専門分化(スペシアライゼーション)のタコツボに陥った現代の知識人の多くの悪弊に与しないその姿勢を、サイードは、利益や利害に縛られることなく社会のなかで思考し憂慮する人間として提唱する。

 ところでダバシはといえば、亡命状態にあるアマチュアとしての知識人という定義に対し、サイードが見なかった点をつけ加える。それは(アメリカの)知識人が専門分化するに際し、その反知性的特質に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ヴェーバー)を見出すというやり方で、知識人のあり方を次のように刷新する。

一方アメリカに欠けているものがある。それは、役に立たないことや無駄であることが、逆説的にも生産的であるという文化、専門性に対抗し、組織に抗う文化、批判的に問いを発する想像力の文化である。
(『ポスト・オリエンタリズム』36ページ)

 「余暇」を否定するプロテスタントの禁欲的倫理に対抗するために無駄を嗜好すること。それこそが「生産的」であるというアイロニー。このアイロニーを、サイードがやったように普遍に開いていくことが、現在の(ポスト)知識人に求められていることといえる。

 ここでわたし自身についていえば、沖縄に移動した期間「その土地で生まれた人びとから成るうちとけた親密な世界の外側にとどまりつづけ、…安住しないこと」を条件づけられたことはいうまでもない。ではその後、東京という故郷に戻った現在が親密な世界に回帰したかというと現実は異なる。生まれ育った家(ハウス)で生活を続けてもなお安住できていない(not at home)。それはおそらく、「沖縄」を経験したからだろう。「沖縄」が「おまえの故郷はないのだ、見せかけの安住をするな」と命令するからだ。それは言葉をかえれば、かつての沖縄での記憶は消去され、なおかつ東京で一度は死ぬことを意味する。

『ポスト・オリエンタリズム』
〈第1章 亡命知識人について〉
著者:ハミッド・ダバシ
訳者:早尾貴紀・本橋哲也・洪貴義・本山譲二
発行:作品社
発行年月:2018年1月20日

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