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第12講 お客様・コレクター 〜「見る」から「買う」への飛躍

 作品を買ってくれるお客さんとはいったいどのような人たちか、考えたことはあるだろうか。人が美術品に何を求めるのか、コレクターは何に惹かれているのか、考えてみよう。

1 美術好き=コレクターではない

 美術品の購入者が美術ファンであることは当然だと思うだろう。しかしその逆は成り立たない。美術が好きな人のなかで、作品を購入する人はごく一部だからだ。美術館めぐりをする人は入館料を払って名品を鑑賞し、図録や画集や美術本を購入する立派な美術ファンである。大学で美術史を学んでルネサンス絵画やギリシア彫刻に造詣が深い人も美術ファンだろう。しかしそうした人が絵画や彫刻を買うかというと話は別である。

 購入者はお金持ちかというと、そうとも限らない。作品を買うことは好きの直線的な延長上というだけでは語れない「飛躍」の先にある。

[ケーススタディ ある若いギャラリスト]
 ある若い女性ギャラリストは、画廊を開いて以来、新しい顧客を開拓しようと努力してきたという。美術が好きで画廊に見に来る来場客に、作家を紹介し懸命に作品を薦めてきた。購入者の裾野を広げることが売り上げを上げることだと思っていたからだ。

 しかしある時気付いたという。お金に余裕があっても、どんなに薦めても、買わない人は買わない。そういう人は生涯に一度も作品を買わない。逆に一度でも作品を買ったことがある人は、同じ作家の作品を2個も3個も買う。あるいは別の作家も含めて10個でも100個でも買う。極端にいうとお金がなくてもローンを組んででも買おうとする人がいる。

 それ以来、来場客には過去に購入経験があるかどうかをさりげなく聞くようにしているという。

2 美術愛好家

 単に美術が好きというだけでなく、作品を収集して作品からインスピレーションを得たり、作家を支援することにも積極的である人をここでは美術愛好家と呼ぶことにする。画廊によく出入りし、気に入った作品を購入する。画廊にとっての上客であり、作家にとっても愛情をもって接してくれるありがたい存在である。

3 投資

 美術品は高額商品であり、人気作家や著名作家の作品はブランドでもあるため、株や不動産のように資産性を帯びる。現金は戦争や恐慌でインフレになると価値が下がるが、美術品を購入しておいてあとでオークションなどで売れば資産は守れる。画廊やフェアなど新作発表の場(プライマリー市場)で購入しておいて、資金が必要なときにオークション(セカンダリー市場)で売るのも同じ仕組みである。
 このとき作品は美術品であり、商品であり、資産である。

4 転売屋

 美術品の価格の上昇下落を利用して、利ざや目的に購入する人。投資を通り越した「投機」が目的。今は画廊で新作を購入し、半年後くらいにオークションに出品したり、オークションで購入した作品を別のオークションでいくらか上乗せして売ったりするパターンが多い。80年代バブルや2000年代バブルには日本中で同様のことが桁違いの規模で起こっていた。

 このとき美術品は美術品であることを離れ、「銘柄」と化す。

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