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【小説/短編】未知との再会

その出会いは、灰色だった丸田亮一の日常を閃光のように切り裂いた。
「あれ、丸田君だよね!?」
普段、女性から声をかけられるようなことがない丸田が、必要以上に恐る恐る振り向くと、そこにはかつての憧れの人がいた。
「佐川さん?」
「そう!佐川!えー、名前覚えててくれたなんて嬉しい!」
はしゃいでいる人形のような女の子を目の前に、亮一は完全に固まる。佐川結花は亮一の高校時代のクラスメイトだ。勉強も運動もそつなくこなし、誰にでも好かれる愛嬌のある性格、そして何より顔が抜群に可愛い、押しも押されもせぬクラスのマドンナ。
教室の隅で数少ない友達となるべく目立たないように生きていた亮一とは正反対の存在で、むしろ、彼女が自分の名前を憶えていたことが亮一にとっては奇跡だった。
「TSUTAYAの奇跡」、丸田亮一21歳の春にそれは訪れた。18禁コーナーに入る前に声をかけられて本当に良かった。

「丸田君ってどこの大学行ったんだっけ?ここから近いとこ?」
亮一は自分の通っている大学の名前を口にする。それを聞くと、結花は驚いた顔をして、自分の通っている大学を言った。亮一の大学からほど近い、高偏差値の私立大学だった。
「生活圏かぶってたのに、今まで、全然会わなかったんだねえ」
そう言ってふにゃりと笑う結花。その顔に亮一はしばらく見惚れ、見惚れていた自分に気が付くと同時に目をそらした。

そこから、亮一と結花はしばらく立ち話をした。大学の話や近所の美味しい店の話、高校時代のクラスの話、話題は多かった。亮一は、自分があの佐川結花と自分が立ち話をしているなんて信じられなかった。スクールカーストの最下層と頂上。雲の上の存在。やはり「TSUTAYAの奇跡」だった。
「そういえばさ、丸田君、今度の土曜日のお昼って空いてる?」
急に会話を遮るように結花が言った。もしや、結花がどこかに自分を誘おうとしているのだろうか。
「ああ、え、うん、空いてるよ」
意識すると、亮一は急に口が回らなくなった。
「一緒に行きたいところがあるんだけどさ、付き合ってくれない?」
ドクン、と亮一の心臓が跳ねた。本当に結花から誘われるなんて。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
「え、そんな、俺でいいの?」
「丸田君がいいの」
もう一段強く心臓が鳴る。天にも昇る心地とはこういうことか、と亮一は思った。ほぼ不整脈だった。
「じゃあ決まりね!お互いの連絡先って知らなかったよね?LINE交換しよ!」
そういって差し出されたQRコードを亮一は読み取った。手が震えていた。バイバーイ、と無邪気に手を振る結花を見送った後も亮一はしばらくその場に立ち尽くしていた。我に返った亮一は、すぐさま18禁コーナーに向かい、高校の教室でセックスするAVを借りた。

TSUTAYAからの帰り道、亮一は木下祐也にLINEを送った。祐也は高校のクラスメイトで亮一の「数少ない友達」の一人だ。亮一と祐也は進学先が違ったが、お互いに大学でも大して友達ができなかったため、しょっちゅう会っては酒を飲んでいた。
「佐川結花って覚えてる?」
祐也は暇だったのか、ものの十秒で返事が返ってくる。
「あんな可愛い子、忘れないだろ」
「さっきTSUTAYAで会った」
「へえ、めっちゃラッキーじゃん」
「で、今度の土曜日一緒に行きたいとこあるって言われたんだけど」
メッセージの送信とほぼ同時に祐也から着信があった。
「どういう種類の嘘?」
「いや、マジなんだって、嘘じゃないんだよ。俺、女の子と出かけたことないから、どんな格好で行けばいいのかとか分かんないんだけど…」
「俺だってねーよ!」
祐也の突然の大声に、亮一は顔をスマートフォンを耳から離す。自分では顔をしかめたつもりだったが、口元がニヤついている。もう一度スマートフォンを耳に当てると、今度は大きなため息が聞こえた。
「いやー、まさか俺より先に亮一に彼女ができるとは…。しかもあの佐川結花。」
「彼氏になんてなれるわけないだろ」
口ではそう言いながら、心のどこかで期待している自分がいる。
「じゃあ、童貞捨てたら教えてくれ」
その言葉を最後に、通話は一方的に切られた。

その日の夜、結花からLINEが来た。土曜の十一時に八王子駅前のコーヒーショップに集合とのことだった。二人の生活圏ではない八王子を指定されたのが少し引っかかったが、あの佐川結花から本当に連絡が来たということが、そんな疑念を吹き飛ばした。きっと行ってみたい店でもあるのだろう。
次の土曜日。亮一にとってこんなにも長く感じる一週間は今までの人生で一度たりともなかった。

やっと迎えた約束の日、亮一は待ち合わせ場所に三十分以上早く着いた。白のボタンダウンシャツとネイビーのパンツ。「デート 服装 男」と検索して、出てきた画像の中で一番無難そうな組み合わせを真似して買ったものだ。結花を待つ間、亮一はブレンドコーヒーを頼んだが、全く味が分からなかった。スマートフォンでニュースサイトも開いたが、目が滑って内容が頭に入って来なかった。
約束の時間きっかりに結花は現れた。グレージュのモヘアニットに黒のロングスカート。シンプルな服装だったが、そのシンプルさが顔立ちの良さをより引き立てている。自分を見つけるや否や笑顔になって手を振る結花の姿を見て、亮一は今死んでもいいと思った。

結花が亮一の向かいに座る。正面から見ると、改めて美人だと思った。
「亮一君がそれ飲んだら出よう」
店がかなり混雑していたのに加え、自分からカウンターに言って注文するタイプの店だったので、結花が何も注文していないことは誰も気にかけていない。結花の言葉を受けて、亮一は急いでブレンドコーヒーを飲みほした。
「そんなに急がなくていいのに」
と結花は笑い、二人は店を出た。店を出た瞬間に、結花の呼び方が丸田君から亮一君に代わっていたことに気付き、亮一は一人で赤くなった。

駅からどんどんと離れていく結花に亮一は付いていった。もともと八王子周辺の土地勘がないうえに、途中で何度か細い道に入ったため、自分がどこを歩いているのかよく分からない。それでも、結花と話しながら歩いているだけで幸せだった。十五分ほど歩いた後、結花が立ち止まった。
「ここだよ!」

結花が指さした先には、奇妙な形の建物があった。建物の前方は体育館のようなかまぼこ型で、軒が異様に張り出ている。建物の後方は円錐形で、円錐の頂点に球体の飾りが乗っていた。真上から見たら前方後円墳のようだろうな、とぼんやり亮一は思った。建物の周りは高い塀に囲まれている。建物の正面から五十メートルほど離れたところに大きな門があり、その門から大勢の人が出入りしていた。おそらく正門なのだろう。正門に入っていく人は、みんな一様に数珠を手にしている。門の横の石柱には団体名と思しきレリーフが彫ってあった。どこからどう見ても宗教施設だった。

「数珠持ってない人は、このカードで入れるからね!」
亮一は、結花からクレジットカードのようなものを手渡された。そこには「参拝者」と書かれていた。完全に放心した亮一は結花に促されるまま、施設の中に入った。ここで強く断れるような人間なら二十一年間も独り身ではない。
そこから先は未知との遭遇だった。巨大な涅槃像、創設者たちの肖像画、説法が延々と流れているスクリーンの数々。結花は眼を輝かせながら、一つ一つ丁寧に亮一に説明して回った。亮一はずっと心ここにあらずで、本当に自分の足で歩いているのかも分からなかった。

一通り施設内を見終わって、再び正門の近くに出てきたところで、改めて結花が亮一に向き直る。
「亮一君、私と一緒にここで活動しない?」
亮一は、押し黙ってしまった。自分の中の理性は申し出を断ろうと思っているが、結花の顔を目の前にして本能がそれを邪魔する。
不意に、結花がで亮一を見上げた。吸い込まれそうなほど大きな瞳。
「亮一君なら理解してくれるかなって思ったの。私、結構長く付き合ってた彼氏がいたんだけど、ここのこと紹介した途端に連絡が取れなくなっちゃって」
結花の目がじっと亮一の目を見つめる。亮一は目をそらせない。
彼氏。別れた。亮一君。結花の言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
「私やっぱり、ここのこと理解してくれる人じゃないと一緒にいれないなって思ったの。だから、亮一君さえ良ければ…」

「で、入信して付き合ったの?マジで?」
「だって、そうでもしなきゃ俺が佐川結花と付き合うなんて無理だろ…」
祐也が泡の消えたビールに口をつける。
「でも亮一が佐川結花で童貞捨てるなんて、想像できなかったなー。」
「いやあ、それが」
亮一は一瞬口ごもった。
「婚前交渉、禁止らしい….」
祐也の高笑いが、安居酒屋に響き渡った。

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