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#0 ナイチンゲールの想い

看護覚え書きって、とっても読みにくい書物。そう感じたことのある人は少なくないはず。手元に本はあるけど、学生の時に読んだきり…そんな方もいるでしょうか?
それでも160年読み継がれるナイチンゲールの『看護覚え書き』

改めて読んでみたら、「看護」って誰のものなのか、誰がするものなのか考えさせられました。看護というと、どこか日常からかけ離れたような特別なものと思われるかもしれませんが、実はそんなことはないかもしれないのです。
それでは対談をどうぞ♪

看護覚え書きはマニュアルではない


とよまゆ
 ナイチンゲールってそもそも何でこれを書こうとしたんだろう?

奈津美 初めに、のことろにありますね。

看護婦に看護することを教えるマニュアルとして意図されたものでもない。—中略— 英国に住むすべてのあるいは少なくともほとんどの女性は、その人生のいろいろな折に、子供であれ病人であれ誰かの健康について責任を負う――言い換えれば、女性はみな看護婦である。

日本看護協会出版会 看護覚え書き

奈津美 ここにかかれていることはマニュアルではなくて、ヒントなんですね。しかもナイチンゲールは、「女性はみな看護婦である」と考えていて、看護師だけがこれを実践すればいいとも思ってないんですよね。この本の中にちりばめられたエッセンスをもとに、それぞれに合った方法をあみだして日常的に看護を実践しなさい、ってことじゃないかなと。

とよまゆ あくまでもすべての女性に向けられたヒントね。今の時代では女性とも限らなくて、もはやすべての人が実践してほしいとナイチンゲールは言うかもね(笑) 看護師としてのあたしは、これを読みながら自分の病院の理念をもとにした看護をやっていけばいいのかな。これが正解とか、不正解ってわけじゃなくてさ。より良い看護を考えていくきっかけの、本。
これを読むことで、私たちはどう変化するんだろう…?

奈津美 変化…私たちも家族も患者さんもより心地よい生活ができるようになるんじゃないでしょうか!生命力を引き出すというか、生命力の消耗を最小限にするために何に気を付けたらいいかがわかるし実践できるようになるから、結果、病気の人もそうでない人も生活が心地よくなる。

とよまゆ たしかに。看護って病気かどうかって前提は必要なくて、自分に対するケアとしても実践できるもんね。

看護は誰のもの?

奈津美 看護の知識は看護師だけのものじゃないっていうのが、結構衝撃的でした(笑)

身体が病気に罹らないような、あるいは病気から回復できるような状態に置くにはどうすればよいかについての、日常の衛生知識あるいは看護の知識が重要である。それは誰もがもつべき知識であり―――専門家だけがもつことのできる医学の知識とは異なるものである。

日本看護協会出版会 看護覚え書き

奈津美 病院の看護に活かそうと思って読んだときは全然引っかからなかったんだけど…看護覚え書きは、実は看護師へ宛てたものじゃないみたい(笑)

とよまゆ あたしもそれは思ったの!家族の看病であったり、自分の子どもの世話するのが看護なんだよって、改めて思った。

奈津美 今の時代に当てはめると、「誰もが、誰に対しても看護婦になる必要がある」そんな時ってあるじゃないですか? 自分に対しても看護ってしないといけない時ありません??(笑) 一人で高熱を出したときにすごく思ったんです。私の看護を私がしないとって(笑)

とよまゆ そうだよね、今の時代だからこそ、自分のケアを自分でしないといけないって思ったの!

自分で自分をケアする

奈津美 ロンドンの子どもの死亡率がすごいから、小児病院を作ってくれというのは違う、とナイチンゲールは言ってるんですけど、これって今にも言えるんじゃないかなと思いません?

「ロンドンでは毎年25,000人以上の子どもたちが10歳以下で死んでいる。だから私たちは小児病院が欲しい」—中略—子供の死亡の原因は、不完全な家庭衛生である。改善法もよくわかっている。そして、小児病院を建てることがその改善策の一つでないのは確かである

日本看護協会出版会 看護覚え書き 

とよまゆ 日本にも、どんどん病院が建っていた時代があるけど、今はつぶれてしまったりなくなってる病院もあるよね。

奈津美 まさに、具合が悪くなったら病院にお任せっていう時代ではなくなってますよね。病院を建てることよりも先に、大事なことがある。

とよまゆ 2021年に改訂された看護倫理綱領でもwell-beingって文言が追加されていて、今は、自分で自分をケアしましょうっていう考えが強まっているよね。

なつみ より質の高い看護を行うために、看護職自身が自分のwell-beingを向上させていく必要があるよって話でしたよね?この考えって看護師だけでなく誰に対しても当てはまることですよね。誰もがwell-beingを向上させられたら、もはや病気になる人が減っていきそうだし。

とよまゆ そうそう、そういうふうに時代も変わってきてて、ナイチンゲールが本を書いた時代とは変化してきてるんだけど、必要なこと・大切なことは変わらないなというのも感じたんだよね。
自分自身を幸せにしないと誰かを幸せにはできないし、まずは自分の心と身体を大切にしましょうって。ここ最近というか、コロナになってからよく思う…。

奈津美 確かに、コロナになってからそういう考えに追い風が来てますよね。

とよまゆ コロナ禍で本当にいろんなものが変化して、当たり前にできていた面会ができなくなったり、安らかな看取りが難しくなってしまったり、医療者同士のコミュニケーションだって常にマスクや防護具越しで、誤解や すれ違いが以前よりも出やすくなってる気がする。日々みんな悩みながら看護や医療に向き合ってるから、自分の心を大切にしないといけないって、改めて思ったんだよね。

奈津美 ナイチンゲールも「犠牲なき献身こそ真の奉仕である」って言葉を残してるんですよね。まさにこれって、自分のことを大切にしてからの奉仕だよ、自己犠牲のもとに成り立つ看護は、奉仕じゃないよ、看護じゃないよ、そういっている気がします。

とよまゆ 自分を大切にするって周りのためにもなるもんね。看護師ってつい自己犠牲になりがちだけど、「本当の看護」ってそうじゃないのかもね。


【対談を終えて】

看護って、なんなのでしょうか。
看護師をしていると「素人だからわかんないよ、看護師さんはさすがだなあ」なんて言われることがあります。看護師になりたての数年間はこういわれることが誇らしく思えました。でも、ナイチンゲールの思う看護はおそらくこれではないのです。誰もが自分の身体のことを知り、それを健康に保つために何が必要で何が不要なのか自分で考えられるようになることを願っていたのではないかなと思います。
もし現代にナイチンゲールが生きていたら、今の医療現場の看護や私たちの日常生活をみて、どんな声をかけてくれるのかな。
ナイチンゲールと対話するような気持ちでこれからも対談をお届けいたします。

次回もお楽しみに♪


語りプロフィール

奈津美
’92年生まれ。ドラマの影響で看護の道へ進むことを決意。しかし臨床1年目に一度挫折を経験する。自分を見つめた先で「やっぱり看護が好きだ」と気づき、臨床に戻るととんとん拍子に昇進。最年少で副主任を務める。たくさん泣いて転んで落ちこんだからこそ、人の生きがい、人間関係、死に方と生き方を大切に思うようになる。看護師を癒す看護師であり、自分自身にとってもあなたにとっても、太陽のような存在であり続けたいと願い、活動中。

とよまゆ
’76年生まれ。何となく看護師の世界に入り、子育てしながら看護師を続け、今や管理する側へ。離職する看護師や終末期看護に関わりながら「看護師も患者さんも、誰もが自分らしく生きてほしい」と強く感じるようになる。山あり谷ありの人生、アラフォーになってもメンタルが成長痛を起こすこともある。日々奮闘しながら看護の世界に生息中。
好きな言葉は、桜梅桃李・和顔愛語


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