六月 二十六日 午後八時十二分 天候 靄 「はぁー、やっと着きましたねぇ。千紗ちゃん大丈夫ぅ」 「まだ少し怖いです、実際に見るとやっぱり体がすくみます」 「外わ蒸し暑いけ、中入ろうや」 アジサイのドアを開けて中に入るとマスターと目が合った。マスターは何も言わずに席に通してくれた。 「結論から言うよ。近藤さんの同行は、もう許可できん」 「いきなり何言っちゃってるんですかぁ」 依頼主の近藤の安全を確保するには、この言い方しかない。ちゃんと納得してくれれば良
六月 二十六日 午前十時三十四分 天候 曇 蝉の声が煩いジトジトした朝だった。 「おい、約束の時間は十時きっかりじゃろぉが。どこにおるんな」 「落ち着いて下さいよぉ。女の子なんだから準備に時間がかかるんですよぉ」 二人で話をしていると、誰かが大きなキャリーバックを引きながら近付いてくる。 「すみません、遅れちゃいました」近藤だ。 「千紗ちゃん、荷物すごくない」 柳沢がそう言うのも分かる。今日は日帰りで調査に行くつもりだった。なのに、この荷物の量
六月 十二日 午後九時 天候 雨 「よぉ、久しぶりに連絡きたかと思ったらなに?行方不明者が多発してないかって、なにそれ」 そう言ってアジサイに入って来たのは貴崎拓人という刑事だった。わしと同い年の刑事で、いつの間にか連絡を取り、なにか情報が無いか聞くような仲になっていた。 「今度の依頼で少しね」全部を語ると守秘義務に関わるので言葉を濁した。 「こちらも言えることなんてないよ。守秘義務があるからね」 ニコニコしながら顔を覗いてくる。やっぱりこいつは苦手だ、こちらの思うこと
六月十二日 午前十時五分 天候 雨 ジトジトとした雨が降る日だった。アジサイの稼働席で近藤を待つこと五分が経ったところで勢いよくドアが開く。 「すいません、遅れました」息を切らしながら膝に手をついている。足元に泥が跳ねているのが見える、相当走ったに違いないと思い席に案内させる。 「ひどい雨ですね、濡れてるじゃないですかぁ。マスター、タオル貸して下さい」 「上にあるタオル貸してやれよ」 マスターと柳沢の会話を聞きながら、話はじめる。 「さて依頼内容の確認ですが、あなた
街を歩く人の足音、行き交う車の音、街の声で嫌々目を覚ますようになったのはいつからだろう。太陽の眩しさに目を細めながら体を起こす。昨夜の酒が残り、頭が痛い。 「くっそ、頭痛い。水が欲しい」 胸ポケットからタバコを取り出し火をつける、机の上にはビールの空き缶、コンビニ弁当のゴミ、サボテンのようになった灰皿が拡がっているのを横目に、ふぅーっと白い息を吐く、頭痛が一瞬和らいでいくのを感じる。タバコをふかし落ち着いたところで灰を落とす。 山の頂上に灰が落ちると同時に勢いよく