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四季の檻 part1


 街を歩く人の足音、行き交う車の音、街の声で嫌々目を覚ますようになったのはいつからだろう。太陽の眩しさに目を細めながら体を起こす。昨夜の酒が残り、頭が痛い。

 「くっそ、頭痛い。水が欲しい」

 胸ポケットからタバコを取り出し火をつける、机の上にはビールの空き缶、コンビニ弁当のゴミ、サボテンのようになった灰皿が拡がっているのを横目に、ふぅーっと白い息を吐く、頭痛が一瞬和らいでいくのを感じる。タバコをふかし落ち着いたところで灰を落とす。

山の頂上に灰が落ちると同時に勢いよく扉が開く。息を切らしながら男が入ってきた。

 「なにやってるんですかぁ。何回も電話したのにぃ」

入ってくるなり嫌味を言うこの男は柳沢 彰、なぜか探偵事務所を手伝ってくれる見た目が派手で喋り方が緩い、どこか憎めない奴だ。

 「なんで電話したん、なんかあったん」聞き返そうとする前に「いつも真島さん電話にでてくれませんね。どうしてなんですかぁ」と必死になって続ける。

 真島 秀悟それが、俺の名前だ。探偵になって五年になるが、これといって有名でもなければ金もない。強いて言うなら人望だけはあるということぐらいか。

それとこいつとの腐れ縁か。

 「んでなに?どしたん」

そう聞くと否や柳沢は興奮したように「真島さん仕事の依頼ですよ、仕事の」と答えた。またどうしようもない仕事かと思うと二日酔いの頭にまた響く、大抵こいつが持ってくる仕事はたいぎい仕事ばっかりだった。

 「なにしてるんですかぁ、早く着替えて行きますよ」

なんでこんなに急ぐのか不思議に思いながらも着替えを進めていく。

着替えながら「おい、どこに行くんな?仕事の内容はどんな内容なんか」

「それはですね、着いてからのお楽しみですよぉ」と意味深な言葉を言うと、ずっとニヤニヤしている。これは何かあると確信する。

 準備がおわるとタバコを胸ポケットに入れる、くしゃくしゃになった箱がいい味を出している、こだわりの紫の百円ライターも忘れない。ジッポライターなんか持たない。あんな物は格好付ける奴が持つもんじゃ、と思いながら支度を終える。

 「さあ、いこうか依頼主さんが待っとるんじゃろ」身なりだけは良くしとかないと見た目が悪い。




 古びた階段を下りていくと事務所の下にはアジサイという昔からの喫茶店があり依頼主はここにいるらしい。ちなみにこのアジサイ、アンティークを並べるだけでなくマスターの趣味の提灯までかざってある一風変わった喫茶店だ。しかし、ここのホットサンドだけはどの店と比べても負けることはないだろう、それくらいおいしいのだ。アジサイの扉を開けるとマスターがこちらをみて、目で合図を送る。うちの事務所のお客さんだと少々機嫌が悪くなる、少し変わったおっさんだ。



 柳沢の案内で店を歩き、店の角に一人だけ座っている若い女の人が見える。どうやってもこの喫茶店には不釣り合いな服装をしている若い女性がいる、もしかしてこの人が依頼主か。

さっきの柳沢の顔に納得がいく。若い女性に目がないのだ。こいつすぐ鼻の下伸ばしやがる。

 「こちらの方が依頼主の近藤千紗さんですよぉ」席に座ると同時に柳沢が話を進める。

軽く会釈をすませ

 「どうも真島です」

名刺を差し出し自己紹介を終える。

 「早速ですが、今回の依頼とはなんですか?見たところあなたは大学生のようですが」

すぐに内容を聞き出したくて聞いてしまった。

いつもこうだ内容が知りたくて、相手の事も考えずずけずけと聞いてしまう。ダメと分かっていても直らない悪い癖だ。

近藤が口を開く「三ヶ月前頃から同じ夢を見るようになって、最後には誰かに殺されてしまう夢なんです」

 「それってぇただの夢とかじゃなくて」柳沢が割って入る。

 「多分違います。はっきりとは言えないんですけど、これだけは言えます。いつも同じ人に殺されているようなんです。あと…自分が、殺される人が違う時があるんです。女性だったり、男性だったり」

唐突な言葉に驚きを隠せずに

 「失礼、タバコ吸わせてもらいますよ。んで、俺らにどうしろと?」本音がでた。そんな訳の分からないことを言われて、はいそうですかと信じる奴はいない。


 「夢に出てくる犯人を捕まえてもらいたいんです」

そう答えながら彼女は目を伏せた。やはり自信がないのだろう。話の内容が内容なだけにすこし苛立ちを覚えながら、一人だけ様子が違う男がいることに気付いた。柳沢のことだ。

目をキラキラさせ話しを聞いている柳沢を横目にタバコをふかす。こいつ絶対依頼を受けるつもりじゃ間違いない、と思い柳沢に「おい、まさかお前…」最後まで言う前に「はい!受けましょう」晴天の下に咲く向日葵のような笑顔でこちらをみて答える柳沢に何も言う気がなくなり、詳しく話しを聞くことになった。


 「初めて他人の記憶があることに気が付いたのは、二ヶ月位前です。最初はただの夢だと思っていたんですけど何回も見るし、やけに鮮明に覚えてるし怖くなったので相談しにきました」

 でたでた、また訳の分からない話だ。ため息をつきながらうつむく。

それと同時に「これですよぉ、これ」

柳沢が声をあげた。こうなった柳沢は抑えることは不可能に近い。柳沢を説得する労力と依頼を受ける労力を比較しても、依頼を受ける方が楽だ。柳沢がいじけたら二週間は戻らない。それを差し引きすれば依頼を受けることにした。

 「…分かりました。この依頼引き受けましょう」そう答えた。すると依頼主の近藤がニコッと笑って頷いた。

 「では、二日後の六月十二日の午前十時にこの喫茶店で待ち合わせして調べていきましょうねぇ」

なぜか柳沢か仕切って話が終わってしまった。

そう言い終わると彼女は「ありがとうございます。二日後よろしくお願いします」と礼儀良くお辞儀をして喫茶店を出ていった。

 「なんでお前が仕切っとんな」

 「あの娘、顔色が悪かったですねぇ。調子わるいんでしょうかぁ」

 「そりゃあそうじゃろ、知らん奴に追い掛けられて自分の体じゃないにしろ殺されてから熟睡できる奴なんかおらんわい」唐突に柳沢の頭を軽くはたく。舌を出しお茶目におどける柳沢を尻目にまたタバコを吸うことにした。

 依頼の確認が終わったので少しゆっくりして帰ろうと思い、煙を真上に吐く。

そんな煙が喫茶店の窓から差し込む光に溶け込み淡い黄色になる煙を見つめる、そんな蒸し暑い日だった。


つづく


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