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四季の檻 part2



六月十二日 午前十時五分 天候 雨

ジトジトとした雨が降る日だった。アジサイの稼働席で近藤を待つこと五分が経ったところで勢いよくドアが開く。
 「すいません、遅れました」息を切らしながら膝に手をついている。足元に泥が跳ねているのが見える、相当走ったに違いないと思い席に案内させる。
 「ひどい雨ですね、濡れてるじゃないですかぁ。マスター、タオル貸して下さい」
 「上にあるタオル貸してやれよ」
マスターと柳沢の会話を聞きながら、話はじめる。
 「さて依頼内容の確認ですが、あなたの[夢にいつも同じ殺人鬼]が出てくるのでそれを調べてその殺人鬼を捕まえるのが依頼でいいですか?」
 「はい、それが今回の依頼で合っています」
 「では聞きます、あなたが殺人鬼に襲われている場所については記憶がありますか?どこか思い当たる場所などはないですか?」
 「二つ気になる事がありまして、一つ目は線路が近い建物の中、二つ目はいつも夜でした」
それだけ伝えると彼女は息を深く吐いた。
 「少し休憩しましょう、真島さんもすぐ聞きすぎですよ。千紗ちゃん困ってるじゃないですかぁ」
それもそうだと思い少し休憩を取ることにした、んでこいつはいつの間に名前で呼びだしたんな。まぁ柳沢には人との距離をすぐ埋める天性のものがあるので、仕事上助かっているところもある。依頼主も嫌がってはいないみたいだ。少し安心して一息いれる。

「あっ、そういえば消防車の音が少しだけ聞こえたかもしれません」
 「それだけじゃ場所までは特定できんのよ、もう一つ大きな手掛かりになるようなものはないんですか」
近藤の顔にシワがより口がへの字になる。
 「どうかなぁでも、かなり沢山の消防車の音が聞こえたんで大きな火事があったと思います」
これ以上聞いても依頼主に負担がかかるだけと思い聞くのをやめた。
 「分かりました。あとはこちらで調べておきますので何か分かり次第電話をかけますね」
そう言い終えて事務所に帰ろうとすると

「ちょっと待ってください。私も一緒に探したらいけないでしょうか」

唐突な言葉に柳沢と目が合う。
 「千紗ちゃん、調べて現場まで行くの大変だのよぉ。時間もかかるしやめときなよぉ」
 「こっちでやるけ、待っとってもらえませんか」
二人して説得を試みるが、千紗の気迫がこもった顔は変えられず本人の意思は固いようでこちらが諦めるしかなかった。
 「はぁ、柳沢お前が面倒見いよ。わしは知らんけんの」
ここは柳沢に任せるのが一番だ。
 「じゃあ三人で調べますかぁ、上行きます?」
 「いや、行かん。ここで調べる」
上にあがって調べ物をするには部屋が汚すぎる。柳沢と二人だけならいいが、依頼主の近藤はまずい。
 「なら、ここで調べましょう」と柳沢が言った瞬間に、
 「おいおい、ここでやんのかい。営業妨害だねぇ」
すかさずカウンターの奥から声が聞こえる。
 「マスター、営業妨害ってのはないじゃろ。見てみぃお客さん、わしらしかおらんけんええじゃろ」
 「貸し一つな」

これで場が収まった。

近藤の記憶を頼りに事件の鍵が集まる
  [線路の近く] [夜] [大きな火事]

これらを事件があった場所の特定ができる鍵として調べることになった。
その日は話を終わらせて早速調べようと思っていたが、なんと近藤が調べるのも手伝うというのだ。人手がいる仕事なのでこちらとしてはラッキーだが、それ以上に柳沢の相手をしなくて済む。
柳沢は近藤と仕事ができるというだけで、物凄いやる気だ。
柳沢がパソコンで調べていくと、夜に線路沿いで大きな火事があった場所を調べてみると全国で三件あることがわかった。
 「夜中に線路沿いで大きな火事があったのは三件ありましたよぉ」
 「一番近いとこと遠いとこどっちから行こうか」
 「遠くからにしましょうよぉ、楽しそうだし」
 「私も遠くがいい」
柳沢の言葉に近藤が割って入る。完全に楽しんどるわ、まずいの。
 「旅行じゃないんじゃけ、浮かれんなよ」
柳沢を注意しつつ近藤にも牽制をいれる。

そうこうして話がまとまり一番遠くの場所から調べていくことにした。ここから車で一時間半行った所が一番遠い場所だった。
ここまで大掛かりな仕事になるので、彼女に報酬が払えるのかと不安になるくらいだ。
 まぁ探偵は受けた依頼を達成できるようにすればいいだけだ。
 「それじゃあ、いつ行きますかぁ?千紗ちゃん、いつがいいとかあるぅ」
 「私あと少しで夏休みになるので休みになってからがいいです」
 「じゃあ二週間後の六月二十六日の十時集合はどうですかぁ。もう休みになってるかなぁ」
近藤が手帳を開き確認をすると
 「その日はもう休みに入ってますよ、大丈夫です、皆さんと一緒に行けます」
柳沢の顔が緩みっぱなしで腹が立ってきた、それ以前に仕切る柳沢に腹が立つので何も言わず頭をはたく。
 「いた、また叩きましたね」
 これで出発の日が決まった。
 「学校が昼からあるのでお先に失礼します。絶対お二人に付いて行きますから、置いて行かないで下さいよ。では失礼します」
 近藤が小走りでアジサイを後にする。
 「じゃあ僕も先に帰りますねぇ、何かあったら電話して下さいよぉ。絶対ですからねぇ」
くどいように言い、柳沢も帰っていった。
 ふう、ようやく静かになったのでコーヒーを頼むことにした。

出発までにもやることがある。いろいろと情報がいる。警察に古い友人がいるのでそいつに会って情報を得ることにした。
 「もしもし、わしよ。情報がほしいんじゃけど、いつものとこで待ち合わせしようや」
 「はいはい、分かったよ。じゃあ九時にあそこで」
すぐに電話を切り約束の時間まで暇を潰す。



つづく

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