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四季の檻 part4




 六月 二十六日 午前十時三十四分 天候 曇


 蝉の声が煩いジトジトした朝だった。

 「おい、約束の時間は十時きっかりじゃろぉが。どこにおるんな」

 「落ち着いて下さいよぉ。女の子なんだから準備に時間がかかるんですよぉ」 

 二人で話をしていると、誰かが大きなキャリーバックを引きながら近付いてくる。

 「すみません、遅れちゃいました」近藤だ。

 「千紗ちゃん、荷物すごくない」

 柳沢がそう言うのも分かる。今日は日帰りで調査に行くつもりだった。なのに、この荷物の量は尋常ではない。

 「近藤さん、その荷物は何が入っとんの」

 「えっと、着替えでしょ、アイロンに、化粧品、なにかあっちゃいけないんで非常食も完備しています」

勝ち誇った顔でこちらを見てくる。

 なぜそんな顔ができる。全然すごいことじゃない。むしろ荷物が増えて移動が大変なだけだ。

今更どうすることもできず、大きなキャリーバックを車に積むことにした。

 「はよ、いこう」柳沢に言うと、柳沢と近藤が息を合わせて

 「せーの、出っ発ー」声を合わせて大きな声で叫んだ。

やれやれ、先が思いやられるわい。頭を抱えながら助手席で瞼を閉じる。いつも柳沢が運転をしてくれているおかげで、助手席でゆっくりできる。

 道中、柳沢と近藤の会話が煩くゆっくりできなかったが、なんとか目的地に着くことができた。

 「千紗ちゃん、ここに見覚えあるぅ」 

 「いえ、ここは覚えがありません。私がいつも見るのは建物の中だったので」

 「んじゃ、中に入ろうや。わしが先に行くけ着いてきて」

 「そんな勝手に入ったら怒られますよぉ」

それは大丈夫であった。事前に貴崎に連絡を入れており許可は既に取ってあるのだ。

許可を取るだけで、あれやこれや聞いてくる貴崎をいなすのは相当骨が折れた。まぁそうだろう。貴崎からすると何故そんな場所に入りたいのか気になるはずだ。

 柳沢の言葉を無視して中に入る。続けて近藤、柳沢の順になる。

 「誰かに見つかって怒られても知りませんからねぇ」柳沢が呟きながら歩く。

 「近藤さん、中に入ったけど気になるとこない」

 「えっと、まだ分からないけど見たことないと思います」

 「僕のことは無視ですかぁ」柳沢が大きな声で二人に問いかける。二人ともくすっと笑い場が和む。これが柳沢の良い所だ。

ゆっくり探索していると大きな倉庫を見つけた。焼け焦げて入り口の扉が開いている。

 「柳沢と近藤さんは、ここで待っとって。少し見てくる」そう告げると真島は倉庫の中に入っていった。


 「えらい、暗いし臭うな。なんの臭いな」黒焦げになっている倉庫の中は異様な臭いで充満していた。

窓から差し込む光では心もとないので持ってきたライトを照らしてみる。

 

 倉庫の真ん中に椅子とおぼしきものが、ぽつんと一つ置いてある。明らかに火事の後に置かれたものだ。


 椅子の周りを良く見ると渇いた血痕が見える。

 「二人ともこっち来んなよ」

 「どうしたんですかぁ、なにかありましたかぁ」二人共近付いてくる。

 「うわあぁーーー」柳沢の声が大きくこだまする。近藤の声も出ていたが、柳沢の声に完全にかき消された。

 「近藤さん、ここに見覚えは」

 「ありません…」 

 「とりあえずここ出ましょうよぉ、気味悪いですよぉ」半泣きになりながら

必死訴えるので出ることにした。

 「なんですかあれ、ここヤバいじゃないですかぁ」

 「たちまち、あいつに電話しよう。わしらだけじゃ何もできん」

 貴崎に電話をかけ事態を説明する。一時間で貴崎達が到着した。

 「真島、どうゆうこと」

 「こっちが聞きたいくらいじゃわ」

押し問答が続いた。貴崎からの質問責めを躱していると、悟ったように 

 「そうそう、鑑識の結果では、あの血痕は五ヶ月位前のものらしいよ」

五ヶ月か。近藤が夢を見るよりも前の事か。

この場所に見覚えが無いのは当たり前か。

 しかしこの場所で起きている事件と近藤が見た夢が無関係とは思えない。何か手掛かりが欲しい。

 「貴崎、なにかに繋がる手掛かりはないんか」

 「急にどうしちゃったの。手掛かりって、これから捜査するんですけど」

 「何か分かり次第連絡してや、頼むぞ。柳沢、近藤さん帰りましょう。」

近藤を先に車に乗せ助手席に座る。今回の事で近藤に怖い思いをさせてしまった。これで彼女は次の調査には同行しないだろう。

これはこれで良かったのかもしれない。そう自分に言い聞かせた。

 「事務所着くまで近藤さんも少し休みんさい。わしわ少し寝るわ」


帰りの車の中は静かだった。


 ただ通りすぎる街灯が刻を刻む針のように過ぎ去り、脈打つ鼓動が耳に響く、そんな帰り道だっ



つづく

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