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彼に貸したお金が「高い勉強代」になるまでの話③「年下男子の告白」

これはとても、見苦しく聞こえるかもしれない。

こうして思い返すほど、彼と直接会ってコミュニケーションをとった期間の短さに、どん底に陥るほど、のめり込むまでの要素があったかと不思議だ。

今回、記録する内容は僅か1日のほんの数時間の出来事である。後にも先にも、顔を合わせて深い話を彼とすることはなかった。
まさに最初で最後といってもいい。

この関係については、無意識下における、私のエゴや生まれ育った家庭環境の問題が彼を通じて、強く引き出されたのだと今は思う。


なかなか予定が噛み合わない状況から、彼との電子機器を通じたやり取りが1ヶ月経った頃、ようやくお互いの顔合わせの日程が決まった。

彼は仕事を済ましてから、お店に向かうと言った。
私は彼が忙しい状況であることを考慮して、自ら進んでお店を予約した。
彼もすっぽかしの件を未だ気にしている素振りを見せていたため、電話で伝えてみた良かったとどこかほっとしていた。

前日になると、彼は明日のためにと話す材料のひとつとして、私の好きな漫画を始めから読み直し、彼自身の好きなシーンを教えてくれたり、会う事に緊張している思いを吐露してくれた。
彼の好きなシーンというのも、自尊心が高く勝気な男の子が悪の団体に凶暴性と捉えられ、トラブルに巻き込まれて総動員で救出されるストーリーがあり、その後の家庭訪問の場面(わかる人にはわかる)であったりと、センスの良さにオタク女子な私は感動していた。
そして、彼の心配りが可愛らしくも、素直に嬉しいと感じた。

当日19時、都内の汽車がある駅前で待ち合わせになった。彼は少し遅れると言うので、先に着いた私は薬局前でビルのモニター映像をぼんやり眺めていた。

時折、
この人かな?
この人だったらちょっと怖いかも…

など、道行く男性をジロジロ見つめ、側から見たら挙動不審なやつだったと思う。私もそれなりに緊張していたのだ。

待ち合わせ時間から10分程経った頃、小柄な男の子が歩いてきた。
写真の彼だ。
小柄と表記したが、並んでみると私と同じくらいの背丈であった。ヒールを履いていたため、私の方が少し高かったが。

彼は、私より1歳年下(厳密に言うと2学年下)だったが、それにしても童顔だった。垢抜けていないわけでもないが、本当に幼く見えた。

初めて対面したのにも関わらず、人見知りのこの私がすらすら話ができていたことを覚えている。
その時の会話の内容は忘れてしまったが、お店のエレベーター内で、彼のハーフのような顔立ちに俗にいうイケメンというやつだと思い、「お母さん、美人でしょう?」と聞いた事は覚えている。
保育士をやっていた頃、女の子は父親似、男の子は母親似というパターンをよく目にしていたのだ。
彼は「自分の親だからね。どうだかなぁ。」とのんびり答えた。

お店は個室部屋であり、私も友人と何回か来ているお店だった。彼はかなりの偏食家であったが、事前に食べられる物を聞いていたため、何も食べられない状況は防げた。

私は酒のアテになるような、少々おじさん臭いものを好むのに対し、彼はウインナーや卵焼き、ポテトサラダなど、お子さまランチのラインナップのようなものを頼んでいた。

ただ、お酒の好みは合致していた。
声を揃えて「角(ハイボール)がいい〜!」と言い、店員さんはミラクルなハモりに笑っていた。

彼はガムを包む塵紙が欲しいと店員さんに伝えたが、私はティッシュを持っていたのでそれを渡した。
「ねぇ、絶対モテるでしょー」と彼はさらりと言う。
スマートにそんなことないよと微笑み返せば、経験値の高い余裕のある女性に見せられたのかもしれない。
私は少しニヤけて、そんなことないよと返していた。経験値のなさがダダ漏れである。モテるモテないはさて置き、なんだか嬉しいと感じると顔に出てしまうのだ。

そんな中で、彼は自分の身の上話をした。
離婚歴があること。こどももいたこと。
彼は母親が再婚した家庭で育ったが、本当の父は修羅の国(と表現する)の本家の人間であること。
そして、独立資金の一部として本当の父親からお金を借りているが、条件を満たさないと、本家に戻れと言われている。
この条件というのが確か、父親が決めた期限までに独立起業を成功させる。守れなければ数週間(1ヶ月単位ではなかった)で貸した金額を全て返せと言われているとの事だった。

初対面で、いきなりセンシティブかつ、非現実的な話が重なり頭が混乱しそうになった。
私自身、生まれてから20歳になるまで、借金苦の両親のもと育ったため、お金に関しては厳しい目をもっているつもりだった。それと同時に理解もある方だと自負していた。
だが、彼の非現実的な部分にのめり込んで話を聞いてしまった。
確かに身体にお絵描き(刺青)されている方というのは知っていたが、本物だったかと、そこでも私は飲み込みの良さを発揮してしまっていた。

眉間に皺を寄せている私を他所に彼はそのまま話を続け、今度はこどもの話になった。前の奥さまが撮影したこどもの動画も見せてもらった。撮影時、まだ1歳ほどの男の子だった。本当に愛くるしく、よく笑う活発な男の子だったのを今でも覚えている。

だが、とにかく私は複雑な心境だ。

動画を見せた後、元嫁との離婚の経緯を話し始めた。
どこか曖昧な話し方だったが、要約すると、元嫁は中学時代の後輩であり、社会経験や恋愛経験が浅いまま彼と結婚をした。息子を産んだ後、これまでの抑圧感から遊びに走り、子育てを疎かにしてしまっていたとの事だった。

レトルトの離乳食を、息子が自ら開けて食べていた姿を見て、離婚を決意したのだという。

彼は離婚を決意したものの、嫁側は離婚に同意しない。この状態から、警察、弁護士、嫁側の家族を巻き込む泥沼劇だったそうだ。

彼は、再度結婚を意識した理由として、
元嫁と自分の母親の仲があまり良くなかったため、自分の母親に孫の顔を見せてあげたい。
離婚はこどものことだけが心残りだったが、どんな状況とはいえ、こどもは母親のもとにいるのが一番だと思った。お嫁さん姿を想像できる人でないと、お付き合いはしないと言った。

そして、独立起業に関しても、信頼を寄せてくれている後輩たちもいて、その子らの人生を背負っている。自分が豊かになれば、将来もしこどもができた時、好きな習い事ややりたい事を叶えてあげられる。
彼自身、好きな事ができなかったからと、語っていた。

彼の生い立ちや抱える問題に圧倒されたものの、とにかくよく喋る彼だった。キャッチボールどころか、砲丸を渡された気分である。重すぎて、返せない。砲丸を持ったまま、重みに耐えながら、頷くのが精一杯だった。

当時の私は、そんな彼の話を鵜呑みにし、必要以上に感情移入をしていた。

その時の私は、ゆっくり時間をかけて、彼と信頼関係を構築し、1つずつ彼の抱える問題を一緒に解決していきたい。また彼に人を好きになってもらいたい、という思いだった。

彼は、「次はみこちゃんの話ね。」と言った。

私の話といっても、彼の話に対して共感した部分を話していた。

先にも記した通り、私は借金苦の両親と2個上のやんちゃすぎる兄との4人家族で育った。
生まれてから成人前まで、天井からネズミが落ちてくるようなボロアパートで生活をしていた。
洗濯機は外にある。
シャワーなど勿論なく、ガス火で炊くお風呂だった。
台所の給湯器は壊れたままで、お湯が出る事もない。
思春期にも、自分の部屋などなく、嫌でも家族と顔を合わせなければならない。
母親との関係は良好だったが、小学校2年生頃から兄のやんちゃ性が開花し、毎月といっていいほど、トラブルを巻き起こした。これが、兄が21歳になるまで続くのだ。その度、父親と殴り合い、怒鳴り合いが狭い部屋で始まるため、嫌でも同じ空間に居なければならないことが本当に苦痛だった。私も母もたくさん泣いた。

父はいわゆる元ヤンだ。それでいて、勘が鋭く、兄の悪事を察知するのが早い。父からしたら、兄の行動はお見通しなのだ。だが、なぜ、悪事にまで至ったかのプロセスを考慮しない人だった。
そんな父も一度、兄への関わりに行き詰まりを感じたのか、中学2年生の私に、兄とどう関わったら良いかと相談してきた。
初めて父から意見を聞かれた事にとても驚いた。
私の意見はまとまっていたため、堂々と言うつもりだった。
「もっと、どうして兄さんが悪い事をするまでになったのか、兄さんの気持ちを聞いた方がいい。」
慣れない経験からか、声は少し震えていたと思う。
だが、中2にしては良い考えではないか?と自画自賛していたのも束の間、父からはそんなの既にやっていると即反論された。

そして最後に、言ってもわからないから、痛みをもってわからせるために殴っている。父ははっきりと言った。今の時代であれば大問題だ。私はそれに反対だった。だが、兄がやらかしている事もなかなか酷いものだった。だから皆、頭を抱えている。

父と兄どちらに対しても、まだまだ伝えたいものがあったはずだが、当時はそれが自分の日常であると受け入れ、自分の中で違和感を消化していた。

気づいた頃には、もう演劇を観ているようだと、そのような場面に出会しても動じない術を覚えていた。
そして、兄は22歳で自ら命を落としている。最後の最後まで周囲に影響を与え(勿論良い意味ではない)、困らせる人間だった。でも、不思議と愛される人でもあったのだ。

長くなってしまったが、これらの話は掻い摘んで彼に伝えた。彼は真剣に聞いてくれていたと思いたい。
なぜこのような言い方をするかと言うと、彼はこの頃から他者の痛みに共感する心の余裕がほとんどなかったのではないかと思うからだ。

自ら進んで話したいと思った事は、漫画の話くらいだった。彼はニコニコしながら聞いていたものの、口数が少なくなっていたので、あまり興味を持ってないなと彼の心を見透かしているようだった。
父親の勘の鋭さを受け継いでいるのだと、徐々に私も自覚していくようになる。


④に続きます☺︎

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