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舞台『異説・狂人日記』は観るべきか否か

この記事を観ている人は「何が」きっかけでこの舞台に関心を抱いたのだろうか。
出演者、原案、原作、スタッフ、劇場など様々な理由が考えられるだろうが、このある種の「特異性」こそがこの舞台の面白さだったのではないだろうか。

[今回の記事の概要]


※基本的に筆者が思ったことをそのまま書いています。否定の意図はありません。
※本記事に明確なネタバレは含みませんが、迷った方はブラウザバックしてください。



1:TRPGと演劇の関係性について

 ここ数年で明確にTRPGをベースにしたコンテンツがメディアミックスされるようになった。代表的な例はクトゥルフ神話TRPG『狂気山脈 ~邪神の山嶺~』を原作にした映画化企画(とそのためのクラウドファンディング)だろう。

 この作品は「狂気山脈」 と呼ばれる架空の世界最高峰の登頂に挑む登山隊の物語だ。TRPGのシナリオとしてリリースされたこの作品はリプレイ動画や生配信でのオンラインセッション*が話題となり、アニメーション映画化が決定した。
 クラウドファンディングでは3億2千万円以上の支援が集まった。(2023/07現在)
*音声とWeb上の盤面を使用し、オンライン上でゲームの進行を行う形式のこと


 舞台という観点では『カタシロ Rebuild』は多いに話題になった。
上記の作品と同じくTRPGのシナリオを舞台化したものである。
完全オンライン配信型の舞台で、対話を全面に押し出し、出演者3名の内1名のみに台本などの一切を渡さない、即興性の高い作品である。
 言ってみればTRPGにおけるゲームマスター(以下、GM)とプレイヤー(以下、PL)に近しい関係性であった。

 同演出家では他にもTRPGのシナリオが原作の舞台が制作されており、『狂気山脈 単独登頂』というキャスト1名の舞台が配信で上演、『冒涜都市Z ~魔境の探検家たち~』が池袋Theater Mixaで上演されている。


 そんな中、今回クトゥルフ神話TRPG『異説・狂人日記』という作品をベースに舞台が上演された。
脚本家はシナリオ作者と同じ文町(Twitter @machi_trpg)。
演出家は -ヨドミ- の藤丸亮(Twitter @asif_maru)。
団体としては今作が旗揚げであるヨビゴエが企画制作となる。

 クトゥルフ神話TRPGということでクトゥルフ神話が原作になるのは当然のこと、魯迅(ろ じん/中国の小説家、1936年没)の『狂人日記』という短編小説も原作になっている。
 人喰いを恐れる主人公の独白体の小説であり、少しずつ周りの人々への印象が変わる様子が描かれる。
クトゥルフ神話TRPGシナリオでさらに別の作品がベースになっている例は数多い。

 今回TRPGシナリオの『異説・狂人日記』という作品を舞台化する上で、行われた特徴的な演出を紹介しよう。

それがネタバレへの配慮だ。
演劇というジャンルにおいてはあまり気にされることのないネタバレという概念が、今回配慮されたのにはTRPG特有の側面がある。
それは「一度結末を知ると自分ではプレイすることができない」からである。

 普段演劇を観る時に、ネタバレには配慮するだろうか?
 ミュージカルはどうだろうか。『Les Misérables』を観に行くのにフランス革命を知らない人は少ないだろうし、『アラジン』を観に行くのに主人公アラジンの結末を知らない人も少ないだろう。
 2.5次元なら尚更で、原作を知っていたり、予めゲームやアニメを視聴してから行く人が多いように見受けられる。『刀剣乱舞』を観に行って「日本刀の擬人化キャラがいてびっくりした〜!」なんて感想はあまり想定されていない訳である。(これはあまりにも極端な例である。)
 今回の形態に最も近いストレート演劇においても、ネタバレを配慮されることは少なかった。近年は一部ネタバレを嫌う公演が増えたのは確かであるが、一般的には特に感想の規制などを行っていることはないだろう。

 TRPGを含むトークゲーム(対話型のゲーム及びイベント)というのはネタバレが命よりも重たい。(と扱われることが多い。)
 例えばマーダーミステリーは(主に)殺人事件が発生し、その犯人をPLが役を演じながら探したり、反対に隠したりするトークゲームだ。当然のこと、犯人が誰かが事前に分かっているマーダーミステリーはそもそもミステリーになり得ない。だからこそネタバレが考慮される。
 人狼ゲームで人狼が最初から分かっていたらつまらない。謎解きではじめから答えが分かっていたらつまらない。要はそういうことなのである。

 このように基本的にネタバレを嫌う風潮の中にTRPGも存在していた。特に近年のクトゥルフ神話TRPGやエモクロアTRPGはハンドアウト(以下、HO)と呼ばれる役割が個人にあてがわれ、最終的に決断や選択を求めるシナリオが増えてきている傾向がある。そうなって来れば必然的に「何が来るかわからないドキドキ感」「何も知らない状態で遊びたい」という部分が尊重される。
 
 今回の『異説・狂人日記』の既存ファンもこのようなTRPGを好む人なわけである。「舞台は観たいが、結末を知らない状態で観たい」というニーズが一般的な小劇場演劇に比べて、明らかに高い。

ここで本題に戻るが、今回の舞台制作でいくつか対策がとられた。

 ひとつ目が「配役の非公開」である。
誰がなんの役をやるのか、原案のTRPGで公開されている4キャラクターを除き、一切のキャストが公開されなかった。キャスト写真もみんな統一衣裳という徹底ぶりである。

どのように記載されているかはぜひHPを見ていただきたい。


 そして「グッズデザインの非公開」だ。
ネタバレになりかねない要素を含むグッズのビジュアルを完全にクローズにしたのだ。デザイナーが実績として発表しずらかったり、グッズ紹介画像の表現の難しさなど様々問題が起こりそうではあるが、ネタバレ防止のためには必要な措置だったのだろう。
 最近だと舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でも劇場販売において同様の対策が取られていたが、公式HPでは通常通り記載がある。ネタバレを防止するという意味では比較的閉塞的な方法だ。(否定的な意味ではなく、劇場内の演出上のものとして扱っているという意味。)なんにせよ、グッズの詳細を伏せるというのは比較的メジャーな方法ではないし、テンプレートが確立していないのだろう。

 TRPGと演劇の関係は私たちが想像しているよりも遥かに深いだろう。インプロと呼ばれる即興演劇の分野に近いように思えるが、その業界で流行っているのはどちらかといえばマーダーミステリーのような気がするし、そもそも現在の主流なTRPGシナリオと10年前の主流のシナリオではかなり演劇との相性は異なってくる。タイミングによっては、もっとゲーム性の高い何かになっていたかもしれない。
 そういう意味でも少しでも興味を持ったらぜひ観てみて欲しいと思う。この舞台は面白いかどうかは一旦置いておくとして、間違いなく「存在したこと(=実現したこと)に意味がある」舞台である。



2:舞台『異説・狂人日記』の演出について

 ここまで散々長々と喋ってきたわけだが、恐らく多くの読者の方が求めているのはこのセクションだろうと思う。(大変申し訳ない。)

 折角なので、筆者の鑑賞レベルと書いておくと、舞台はかなり雑食に観ている。ミュージカルと小劇場を中心に2.5次元や学生演劇を含めて月に5~10本のペース。TRPGなどのトークゲームはオフラインを中心に7年前から本格的にやりはじめたという具合である。
 こんなものはあくまで指標であって、多いと感じる人も少ないと感じる人もいるだろうが、まあ「人並みには観てる」くらいに思っておいてくれればありがたい。

 蛇足はこの辺りにしておいて、本編の話をしよう。結論としては「誰にでも観やすく分かりやすい、一つの最適解のような作品」だ。

 舞台としてこの『異説・狂人日記』は非常にエンタメ的であったと思う。
予告の時点で、声優や名前のあるインフルエンサーが多く混在した俳優陣を観てそう感じた方も多いだろう。シブゲキという会場からそれを感じ取った人も少なくないと思う。下地として比較的”エンタメに寄る“可能性が高いことは明らかである。では舞台のどこでそのエンタメ性を感じたのかを整理していこうと思う。

説明的な演出/戯曲
 舞台『異説・狂人日記』の特徴として非常に場面転換が多いことが挙げられる。照明デザインによって暗転こそ少ないが、場所が非常に多く変わる戯曲になっていたし、それを生かすような舞台美術であった。場面が変わるということは場所も変わるわけで、明確に「いま・どこで・だれが」話しているのかを示すことができさえすれば、非常にストーリーを観客は追いやすくなる。
 そもそも舞台が大正の激動の時代であるという時点で、言葉遣いや衣裳などの雰囲気や空気感に序盤はついていきずらい観客が発生しうるリスクは高い。その上で、この演出は非常に合っていたと思う。
 また所謂モブのキャラクターたちが適度にテンプレートに当てはめられていた部分が非常に良かった。主要な登場人物を引き立たせるのに効果的で、何より分かりやすさを補填する役割を担えていたからだ。

 と同時に、(観ている間)「少し説明的すぎるのではないか」と感じることがあった。酷な言い方をすれば蛇足なシーンがあったように思う。一般論として舞台の流れとしてある程度波が立っている方が面白く、コメディシーンやいわゆる一人語りのようなシーンを入れる戯曲は多いが、今回に関してはこれらが少々過多であったと感じた。
 また台詞が多くなるということはそれだけ情報量が多いということである。観客が「言われずとも主人公は〇〇と思っているだろうな」という部分も説明されているように感じるのだ。
 しかし、これを容易に消すことができないのも理解できる。前述した「場面転換」があるからだ。場所が変わったことを観客に理解させるにはある程度の情報量が必要だ。

 このバランス感というのはこうやって感想を語るだけの観客には計り知れない調整が裏ではなされているのだろう。舞台を観ていてきっと稽古場に戯曲家も顔を出していたのだろうと感じる部分も多かった。

直接的な照明
 この作品で説明的であったのは戯曲や演出だけではない。照明もその要素を担っていたと思う。
 特に中盤のムービングライトでその場所を示すのは直接的ながら、いい表現と言わざるをえない。(観劇した方なら分かるだろう。)
 色味も観客の直感が重視されていて、初めてこの『異説・狂人日記』に触れる人にも伝わりやすい演出がなされていたと思う。映像演出との兼ね合いも調整されていて、違和感は覚えなかった。
 反対に公演のメインビジュアルの色味などはきっと色彩論から来ているものだろう。緑というのは時折「死の色」として扱われるものである。

シブゲキと音響
 ひとつ、気になった点として音響がある。
TRPGシナリオとして作者配信で使用されていた音楽がそのまま使用されていたり、原案ファンには堪らない演出があるにはあったのだが、どうにも音の聞こえ方が良くなかったのである。
 シブゲキ自体、特異的な形状をしている劇場でもないし、席の位置のせいだとは考えずらい。もっと言えば、配信でも音が割れたような録音になっていて、少し残念であった。
 これに関しては音響さんが悪いとかではなく、どこかで齟齬が生じていた気がしなくもない。(例えば演出の範疇と脚本記載の範疇で別の人が調整してしまっていたとか。)
 音響演出では客入れのラジオのような音がとても好きだった。時代示唆の方法として有用だったと思う。

 (今回何か問題が起きたかは定かではないが)この規模感で起こる特有の問題はきっとあるんだなと感じる。特に今回の舞台自体(恐らくは)出演者側主導で作られたものだろう。そういったカンパニーだからこその良さと悪さが存在していて、これが悪い例だったのかもしれない。反対に俳優のファンの方はかなり満足できる内容になっていたのではないだろうか。

 またシブゲキという劇場にも気を向けてみたい。一般的な小劇場ともまた違う、アイドルや声優などの舞台も多く扱う劇場で、非常に商業色が強い印象がある。立地の良さや、座席は狭いものの座りやすいなど比較的人気の劇場であると思う。
 そういった意味でも「はじめて演劇を観る人」にも優しいし、ハードルが低いものであると思う。


舞台美術と俳優
 劇場に最初に足を踏み入れて目にするのは恐らく舞台美術だ。多くの段差があり、かなりの高低差を持つ舞台。多数の場面転換に耐えうる汎用性を持ち合わせている。
 平台や箱馬で作っているのだろうか、それにしても蹴込(=台の一番前の部分)の処理などとても丁寧な仕事だったと感じる。

 そして何より「俳優が楽しい」構造だったように思える。
 シブゲキという劇場はそこまで大きいわけではないし、単純に段差が増えると必要な灯体(=照明の機材)も増えるし、舞台監督の気苦労も増えるわけである。それでもなお、このような形状というのはきっと舞台美術デザイナーと俳優ないしは演出家の間でこだわりを持って相談がなされたのだと思う。
 俳優が生き生きとしている舞台を観客は求めている。そういう意味ではこのクリエイションはある種の最適解のように思える。

 もう少し俳優に気を使うと、様々な人を集めている特性上、ある程度の実力差はあると思う。(そしてそれに気付く観客も少なくないと思う。)ただし、それを生かそうという意図を配役から感じて、好感を持った。
 演技演出は個人のフィーリングの判断だからこそあまり深掘りはしないが、俳優陣を目当てで観るのは比較的おすすめしたい。そういう意味でも観劇のハードルは低いだろう。

これらの理由をもとにして、非常にエンタメ的であると筆者は思った。エンタメ的というのは「マジョリティー(大多数)にとって観やすく、商業的にも成立させることを目的にされている」ということだ。
 それが好きか嫌いかは、別問題である。




3:舞台『異説・狂人日記』は観るべきか否か

 結論、観るべきである。
面白いと感じるかは分からないが、TRPGか舞台に興味があるのであれば、より新しい表現を知ることができるだろうし、それを高い水準で観ることができるだろう。
 ただこれは、知ることに価値があると考える人にとっての観るべきであって、人に強要するべきではない。義務になってしまった表現ほどつまらないものはないだろう。

 もし興味があればぜひ下のリンクから配信が観れる。片方だけを劇場で観た人もぜひ。視聴は今月21日まで。



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