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自分がめちゃめちゃ幸せな家庭に生まれた話

 「家庭」は、人間が生まれて初めて接する共同体だ。あらゆる価値観の基盤で、その影響は計り知れない。家族の存在が価値観を作る第一歩だから、いわゆる毒親のように自分の家族のおかしさには成人して初めて気づいた、なんて話もよく見かける。
 でも、その反対もある。自分はこの世でも上位数%の幸せな家庭に生まれたのだと、ここ最近でようやく気がついた。だから、この感動を忘れないために文章にしようと思う。つまりは、自分語りとただの家族自慢だ。

 私の家族は仲がとても良い。毎年家族旅行に行く。時折議論はするものの(たまに愚痴も言う)、喧嘩はほとんどしない。兄弟仲も悪くない。だから人と出会った会話の中で、「兄弟のここがムリ」「父と全く会話をしない」と聞き、「家族の愚痴」の存在に驚いた。世の「家族」ってそんなにドライなのか、と少し戸惑いもした。
 そんな中、私は父親にある悩みをうちあけ、彼にいろいろ質問をした。父の過去の経験に触れた回答をもらう中で、自分の生まれた家庭がいかに恵まれていたかに気づくことができた。


 私がこの家に生まれて良かったと考える理由を2つ述べる。

 一つ目は、両親が特に仲が良いところだ。たまに愚痴も言うし、議論もするが、喧嘩は滅多にしない。明るい母と冷静な父、他にもお互いの特徴を補い合うことが多く、性格の相性が凄く良いんだろうな、と前から感じてはいた。父に相談をしてもらううちに、私は初めて父のある過去について話を聞いた。
 父は大企業勤めのサラリーマンだったが、うつを発症した。私と兄が小学校に入る前のことだそうだ。しばらくの休職期間をとり、転職した。時間をかけて父はうつを克服することができた。

 父がうつを克服した事実だけでもすごい(中には死を選ぶ人もいるだろうから)が、私は母のおおらかさに驚いた。母は、父をそっとしておくと決めたらしい。そのため、休職期間は心を休めるために父は家を空けることが多かったそうだ。だから、母は未就学児二人の面倒を働きながら(もちろん保育園も利用したが)一人で見ていたことになる。父がこのまま仕事に復帰できなかったらなど、想定できる悲劇はいくらでもある中で、母は父と離れず戦っていたことに、私は尊さを感じた。

 もし自分が将来家庭を持った時、同じ状況に陥ったらパートナーと子供を支えられる自信があるだろうか?相手の心の病気もままならないまま、自分の心も壊してしまう可能性もある。だが私の両親は乗り越えることができた。他の家庭のケースは全く知らないが、これって結構すごいことなんじゃないかと思っている。
 父の話を聞く中で、「今までにした最良の選択って何?」と聞いた。父は「母と結婚したこと」とすごく良い笑顔で答えた。「結婚は墓場だ」と言う人もいる中で、父のこの言葉は自分のことのように嬉しかった。

 二つ目は、私をいつも肯定してくれたためだ。父は頭が切れるのでいつも道標をくれ、母は持ち前の明るさで包み込んでくれる。進路相談のたびに真摯に話を聞いてくれ、本当に感謝している。だが、両親が私を肯定しながら育ててくれたことは、私が小学生時代にいじめられた時に、めげずにいられたことに最も効果を発揮したと思う。
 私は小学6年生のとき、いじめにあっていた。いじめとはいっても、振り返ってみれば深刻なものではなかった。よくあるローテーションで仲間外れにされる、嫌味を言われる、ものを隠されるなど。でも当時の自分にとっては、登校時に学校の門の前でお腹が痛くなる程度にはストレスになっていた。しかし、学校を休むことは考えなかった。「あいつらと一緒にされるもんか!」との反骨精神で毎日学校に通い、自分を高めるために隣の市にある中高一貫校を受験した。

 もともと負けず嫌いな性格もあり、いじめを受けても「逃げたい」「死にたい」と思ったことは一度もなかった。(中学受験はある意味の逃げではあったが。)これはおそらく、幼い頃から両親が愛情目一杯に私を育ててくれたことが90%くらい関わっているのではないかと考えている。具体的な根拠は全くないが、過干渉せず、突き放しもせずいろんなことを前向きに応援してくれた両親がいたから、いじめられても「自分は全くダメな人間だ」と思わずにいられたのだろうと考える。


 私の家族自慢について、気ままに書いた。本当はもっとある。人生を楽しんでいる優しい兄の話や、私がそんな兄に反抗期に八つ当たりをしてしまった後悔や、祖父母の話など。最近、両親が人間として尊敬できること、親としてあまりにも深い愛情で私たちを育ててくれたことにようやく気づいた。この感動を記念してとりあえず文章にした。

 こんな文章をもし読んでくれた人がいたら、最後まで読んでくれたことに感謝します。他の方の家庭のドラマもぜひお聞きしたいところです。

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