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いやばあちゃん話長えよ

9割9分9厘喋る祖母

最近祖母が一週間程家に居候していました。ずっと自分の話をしていました。見出しにあるように9割9分9厘、いや更に刻んで8毛7糸…くらい祖母が喋っていました。おばあちゃんコミュニティ内でしか面白さが伝わらない内輪ネタを四六時中延々と聞かされる、そんな毎日を過ごしていました。

以下極限まで不満を溜め込んだ私の愚痴が続く。

いやばあちゃん話長えよ

何度心の中で呟いたか知れないこの一言。
「おばあちゃんの話」ってどうしてあんなに長いんでしょうね。私が1喋ろうともはや0であろうとも、常に100や200で返してきますからね。しかし慣れきった私はとっくのとうにうざいという感情を超えて尊敬・関心の域に入っていますが。
うちの祖母はいつも「誰々さんの息子さんがどうのこうの〜」「この間〇〇で知り合った人が偶然△△出身で〜」といったどうでもいい知人の話をひたすらしてくるんですよ。「それがどうした」というネタばかり。しかも毎回新しい登場人物や固有名詞が次から次へと新出してくるので、もう完全についていけません。
そんな中「ふーん」「へー」と適当にあしらい「ばあちゃんその話つまんないんだけど」という雰囲気をさりげなく醸し出すも、年寄りになると細かいことが気にならなくなるという特性のせいか、聞き手の態度や表情の機微に全く気づかないようで。いやそんなことは実は無視しているだけで、いいから我の話を聞けということでしょうか。ったく、ばあちゃんったら。

「もうすぐお迎えがくるからねえ」という辛辣な一言

しかしそれでも、話の最中に時々「ばあちゃんももうすぐお迎えが来るからねえ」という笑えないジョークを挟んでくるからああもう、憎めない。私がこうなることを見越してわざと言っているんでしょうかねえ。
そしてこの釘を刺すような一言がこれまた結構効いてくる訳ですよ。ったく、ばあちゃんったら。
正直もう面倒臭いし聞き飽きたから早く話終われと願う気持ちと、ばあちゃんと話せるのはこれが最後かもしれないのだからちゃんと一言一句聞いてやれそれが親孝行ならぬおばあちゃん孝行なのだから自分よ、という二つの気持ちが心の中でせめぎ合う。
しかし結局勝つのはいつも後者なのです___という訳でもなく、完全に聞くことを放棄して祖母の鼻から出ている短い鼻毛をただ見つめながら暇を潰したりもします。私も将来こうなるのか、とささやかな絶望を感じながら。


ばあちゃんによる飯テロ

そして話は変わり食べ物について。
私がダイエット中であることを伝えても尚、何でもかんでも「〇〇ちゃんこれ食べる?」と勧めてくるんですよね。「いや太りそうだからやめとくよ」と返事をしても「ああそう?でも〇〇ちゃん毎日頑張ってるんだから今日一日くらい良いんじゃないの」と必殺・おばあちゃんスマイルで私の硬い意思をいとも簡単に破壊してくるんですよ。ったく、ばあちゃんったら。
しかも私が筋トレしている横で普通に寝っ転がってお菓子食べていましたからね、彼女。「〇〇ちゃんこれすっごい美味しいよ」、いやちょっと黙っててくれる?
孫に意味分からん高い頻度で食べ物を勧めてくる、これはきっと“おばあちゃんあるある”なんでしょう。皆さんも永遠に繰り返されるエンドレス「りんご剥くかい?」とか絶対聞いたことあるでしょ。本当飯テロもいいところ。

総括

ああスッキリした。祖母に直接「話長いんだけど?」言うのは流石に憚られる(実際は何度言っても聞いてくれない、もしくは忘れられる)ために一週間ほど不満を溜め込んでいたのでね、私。

しかし散々愚痴を書いたけれど、本当は祖母のことが大好き。祖母ほど愛情深く接してくれる大人は他にいないもの。

好きだよ、好きなんだけど、次からもうちょっとだけ話を短くしてね。ばあちゃんよ。

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