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七条・泉涌寺道を抜けて

 京都遊覧記第12回。七条といえば、何を思い浮かべるだろうか。京都国立博物館?三十三間堂?方広寺の鐘?今回は、様々な歴史が同居する七条を起点に、皇室ゆかりの寺・泉涌寺までを旅する。

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今回は、行動範囲が南北に長いため、2枚組でお届けする。

1.秀吉さん

 七条には、豊臣秀吉ゆかりの地が多い。市民からは「豊国さん」の愛称で親しまれている豊国神社から旅を始めよう。

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天下人・豊臣秀吉が京都で果たした役割は大きい。聚楽第の建設、御土居の築造、寺町通・寺之内通の整備など多岐にわたる。

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秀吉の輝かしい功績とは反するような、耳塚と呼ばれる塚が正面に位置している。文禄・慶長の役、いわゆる朝鮮出兵で戦った敵兵の耳や鼻が埋葬されているのだという。秀吉が朝鮮半島で極端に嫌われている理由も、大きくはこれのためであろう。

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何かわかるだろうか。豊国神社には方広寺という寺院が隣接している。「国家安康・君臣豊楽」と記された鐘銘が論争を巻き起こした結果、大阪の陣を引き起こす原因となった方広寺である。鐘には白枠で縁取られた「国家安康・君臣豊楽」を確認することができる。
豊国神社から東に進むと緑地があることが、地図で確認できるだろうか。緑地は大仏殿があったとされていた場所である。かなり大きいものだったらしい。東大寺を凌ぐ大仏、どんなものであったのか1度見てみたかった。

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東へと進んで、緩やかな坂道を上る。

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豊臣秀吉が祀られている阿弥陀ヶ峰参道までやってきた。

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さて、登りますか。

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急すぎて足が震える。

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天国への階段だろうか?そう思えるほど、階段は急だ。400段ほど登ると、頂上にたどり着いた。秀吉が祀られていた。ここから、京都の街を見守っているのだろうか。

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山頂、清水寺が見下ろせる。なかなか爽快だ。まだ葺き替え工事が終わっていない時期だ。落ち着く空間。

2.東山随一の庭

 阿弥陀ヶ峰を下って、南へと進む。

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智積院。七条にある何やら大きな寺という印象しかなかったので、じっくり見るのは何気に初めてだったりする。

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綺麗な庭園。千利休が好んだ庭園。大きな山は亀を模しているのだろうか。想像が尽きない。

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狸、であってますか?偶然見つけた、かわいい。

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智積院の魅力は庭園だけではない。収蔵庫には長谷川等伯の絵画が多く収蔵されている。当時、日本を席巻していた狩野派に単身で立ち向かった画家・長谷川等伯の美しい絵画が目を引く。特に、息子・久蔵との合作『桜楓図』に心を動かされた。

3.泉涌寺道を散策する

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 泉涌寺には様々な塔頭がある。今回は、何となく気になった塔頭を紹介する。
訪れた塔頭は、今熊野観音寺

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泉涌寺道に突如現れた脇道。確かめずにはいられない。

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「熊野」というのは、世界遺産に登録されている熊野のことを指すらしい。熊野権現のお告げを受けた空海が開いた当寺は、熊野を信仰していた後白河上皇の保護を受けて、ますます発展した(後白河上皇は、麓に新熊野神社という神社を建立させている。よほど熊野を信仰していたのだろう)。頭痛もちであった後白河上皇にちなんで、頭痛除けの寺院として注目を集めている。

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ぼけ封じでも信仰を集めている。頭痛除けから派生した結果であろうか。
泉涌寺を訪れた旅人は当寺を離れて泉涌寺を訪ねて、満足して帰るかもしれない。果たしてそれでいいのだろうか?泉涌寺をさらに奥に進んで、雲龍院へと足を運んでみないか?

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大したお寺なんですよ、これが。

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泉涌寺塔頭のようだが、実は塔頭ではない。別格本山!特別扱いである。それだけ寺院の格式も高いということだ。

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4つの窓から違う景色を眺めることができる。春?夏?秋?冬?いつ訪れると、一番綺麗に見えるのだろうか。

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みんな大好き、水琴窟。一生聞いていられる。静寂の中に、水が一滴一滴落ちる。音に五感を研ぎ澄まされたような気がするのだ。

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庭園に、流れるままに、自らの身を委ねたい。
雲龍院には、もう1つ最大のおすすめスポットがあるのですが…。実際に、訪れてみてください。それでは。


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