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ワタシの大切なボク-第4話 弟と

兄とケンカをしたことはない。

 弟ともないのだけど、弟のことは1度だけ顔をグーで殴ったことがある。

 母に口答えをする弟の言い方、やり方が許せなくて殴った。
いつもはそんなことは許していた。
実はその時も腹は立っていたが、殴ることでもなかった。誰かを殴ってみたかったというのが多分正しい。
もしかしたら殴られるという体験でも良かったのかもしれない。
テレビでも小説でもケンカといえば相手の顔をグーで殴るというのが正しい手法なのだとして認識してるものの、あんな音は出ないよなぁ?とか、本気で殴ったらこっちの手が折れちゃうんじゃないのかなぁ?とか、鼻はやばいだろうなぁ?
 だとしたらやっぱりぼっぺたか?
 なんかなんやと疑問だらけなのに、学校に行けばアイツがアイツのことぶん殴ったらしいぜ。
なんて話を聞いて、わかんねーでもないよなぁ!とかって、オレだって殴ったことあるかのような空気感を出してはいたが、
本当は、どこ殴ったの?1発で終わるもん?
てか、殴れば相手って倒れんの?血ーでた?とかいっぱい聞きたがった。
人に聞きたくても聞けない性に対する興味とちょっと似てたかもしれない。

 同じようにウズウズしてた時だった。

 母に汚い言葉とやり方で口答えをする弟がバン!!とボクより上の兄がいれば出しちゃならない音を立ててドアを閉めて部屋に籠もらんとする。
これが性ならすべて教えてあげるからって素っ裸でベッドに入ってる先輩女子に誘われてるのと変わらない。
やらない手はない。
でも、こっちは初めてだ。

 ボクの立ち位置は母を守らんとする兄。
苛立つ兄。
弟に兄の威厳を見せるべき。
あの弟は多分抵抗はしてこないはず。
体裁は完璧に整ってるじゃないか。
早く行け。
そう自分に言い聞かせて、ドアを開ける。

 「ぅおい!てめぇー何様のつもりなんだよ!うぅっせんだよガタガタ!なんなんだよ!あの言い方はーー!

 あーー!!ふざけんな!」

 なんてことを言ったと思う。
言い出したら調子はなかなか良い。
言ってることの中身は何も言ってないが、テレビなんかで無意識に教わり続けたようにいい感じで入れた。
でも、ちょードキドキしてたのはよーく覚えている。

 部屋にあった苛立ってる弟の顔はいつものあの弟の顔なんかじゃなくて、紅潮もしてれば絵に描いたように眉毛はVの字になっちゃってる見たことのない弟だったのは想定してなくて、やっべ、こえー。と思ったが引き下がれるはずも、それを顔に出すわけにもいかないから、やること早くやんなきゃ、早く、早く、そ、殴んなきゃ、殴るんだよ。
殴れ!と言い聞かせると、ゴリゴリに緊張感は高まった。それを見計らったかのように、なんならそれは先輩女子が緊張するボクの手を引いてすべてを導いてくれるように弟は

 「っせんだよ!」
と怒鳴りあげてボクから目を逸らして窓を向いてフガフガしていたが、それはどうもほっぺたをボクに差し出したように思えたりもする絶好の場面がやってきた。
「ここだよ。ほら。」
と言うわけがないが、さぁ、殴れの図に弟はなった。

 「っせー!ってこのヤロー!!オメーがうっせーんだよ!」
という号令のようなのを自分で発して気持ちを高揚させると、右手をグーにして、ん?親指は中だっけ?や、外か?で、殴んのはここだな?この角度?本当に右手で良い?左が良いのかな?全力ってわけにはいかないだろ。
鼻いっちゃうとやっぱまずいよな。
ん、まずいまずい。
とかを天才児のように瞬時に脳を巡らせながら、弟のほっぺたに向けて右手を始動させ、ボクの拳の皮膚が空気の温度より高い弟のぼっぺたに数ミリごとに近づくにつれ熱を感じ、生えかけた指の体毛が弟の頬に触れ、いよいよ弟のニキビの感触に到達する。

 「ペチ」

 そのまま弟の頬を押しこんだに近い。近いけど、行為としては完全に弟を殴ってる。

 それがボクの人をグーで殴った初体験。

 衝撃は弱いけど、その間と形は明日のジョーの丹下段平に教わったイメージ通りだったから、弟にしてみれば痛くもなんなら痒くもないけど、こいつ今殴ったな。
あ、殴られたんだな。ということには気づいてくれたようだった。

 衝撃の量は置いといて一仕事やり遂げたボクは、まだドキドキの名残りを含んだ震えた声で、
「お母さんにさ〜〜。。あんな言い方ってさ〜。。ねーだろ。ちゃ、ちゃんと謝ってこいよ。」
なんて正論を言うと、震えた兄の言葉を理解してくれた弟の眉毛は激しいVから、ゆるやかなVに鎮まっていくようで

 「なんなんだよ。っせーなー。」
と言って母のいる一階に下りて行った。

 これをケンカとは言わないだろう。
 だから、兄弟とはケンカしたことがないで良い。

 でも、ボクは弟を殴ったことがある。

【目次】
 第1話 巨人の星と
 第2話 イダパンと
 第3話 口裂け女と
 第4話 弟と
 第5話 兄と
 第6話 7人家族と
 第7話 高校野球と
 第8話 病院と
 第9話 アトピーと
 第10話 先生と

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