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Nobuyuki’s Book Review No.1 生島治郎『黄土の奔流』(光文社文庫)

 辛亥革命後、各地の治安は劣悪を極めていた。中国に渡って十五年目の夏、破産した紅真吾は、悪質な娼婦からひとりの日本人を助けた。相手は奇しくも、商売敵である大手商社の支店長であった。その男から、豚毛でひと儲けしないかと誘われる。男の代わりに、危険極まりない地帯をかいくぐり重慶で豚毛を仕入れて欲しいとのこと。すべてを失った真吾は、命を助けられた短剣投げの名手・葉村宗明とともに誘いに乗ることに。急きょ雇った八人の男たちと上海から重慶をめざし、揚子江を遡る命がけの旅がはじまる。
 日本のハードボイルド作家の草分けといえる、生島治郎の長篇第三作『黄土の奔流』は、面白すぎて直木賞を取り逃したという逸話をもつ作品だ。生島は本書を上梓した頃を自伝的小説『星になれるか』の「面白き罪」と題した章で詳しく語っている。
 「特に、芥川賞にしろ直木賞にしろ、選考委員が大名のような顔つきで、新参の下郎にものを言っているような選評が当時は目立った。文学の名の許に一刀両断するという感じで、言われた方はどう受け取っていいかわからない、極めて不親切な評言があった。」
 面白いが文学ではない、といった選評理由は今でこそないだろうが、当時は文学云々を持ちだせば何でも片づくといった風潮があったようだ。エンターテイメントを書くんだという生島の強い意欲から生まれた本書はその完成度の高さから、古びることなく発刊から三十年以上経った今も読み継がれている。
 終盤までの展開が急すぎて、結末が少しあっさりしすぎているきらいがあるものの、揚子江の激流を遡り、内外の敵と戦う姿には胸が踊る。相棒とも言うべき、葉村との屈折した関係も魅力の一つだろう。

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