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くも猫ふわふわ日記 そばの種をまく

春に田植えをした棚田の耕作放棄地に、そばの種をまくので手伝いに来てくれとNさんからラインが来た。田植えした田には稲がぎっしり伸びて緑一面、谷から吹く風にいっせいにたなびいている。

空いた田のスペースの雑草を抜き、石垣にはびこる雑草も抜き、土を耕運機でぐるぐるかき混ぜ、田の両方から黄色い糸を張り詰め、その糸に沿い、クワで溝を掘り、その溝にそばの種を撒く。そしてその種を足で土をかけ埋めていくのだ。その繰り返しで、田の5枚程度にそばの種を撒いた。

参加者の平均年齢はおそらく80歳近い。途中で伝説の95歳の農家のおじいさんが辛坊たまらず、参加する。よろよろと鍬を振りあげる。風は吹くが気温は結構高い。80歳近いメンバーが95歳に「あー無理さすなぁ!」「早く帰ってもらえ」と叫ぶ。その足元で、「もっと糸をピンと張って!」「もっと上!」という指示を受けながら土の上を這いまわる。溝にそばの種を撒く、おばあちゃんの手際のよいこと。サッ、サッ、サッ。土をかぶせる作業が追い付かない。気が付いたら、隣の田のスペースを耕し始めている。動きに無駄が一切ない。ほとんどのメンバーは現役のプロの農家なのだ。

棚田のスペースには、まだ空きがある。それでも来春、そばが伸び、白い花に棚田が彩られる景色はさぞ、幻想的ではないかと夢想する。
この地区の棚田はまだ死んではいない。石垣もしっかりしてスペースを確保してくれている。そのスペース (容器) に、菜の花でもコスモスでも植え、山をデザインすることは楽しい作業になるだろう。

作業は昼に終わり、地元の現役農家チームは法事があるとの事で一斉に姿を消した。リーダー役のNさんに声をかけられ、数人のメンバーと自宅に立ち寄る。Nさんの自宅も相当な山奥にある。挽きたての珈琲をごちそうになりながらも、爺さんたちの世間話が飛び交う。

以前、友人のNPOがこの地区の「地域興し、支援事業」で田植え体験や、コンサートなどを開催し、盛り上げ、棚田米を売っていた。彼らの姿はここにはない。もう戻ってこない。理由は簡単、補助金がなくなり彼らは活動できなくなったのだ。棚田米も継続して売らないと利益も蓄積されない。その為には大掛かりな販売システムと収穫量の確保が必要なのだ。県内あちこちで見られる「地域お興し」のイベントの多くは、おそらく同じ結末を迎えるのだろう。お金をいくらばらまいても、その地域の文化や歴史が、豊かでないと、芽は出ない。いよいよ現実を正視できずに、ゆるキャラ頼みの地域興しとは何とも情けないでないか。。

今の集まりはみんな80歳近く、終わりに近い年齢だ。「地域興し」だの言いだすのも、何か恥ずかしいではないか。ただ土いじりが好きで「土地興し」をしているだけ。そんな中に「地元の為に、がんばろー!」なんぞ言い出す人が居たら、爺さんたちの手の平で転がされるだけだろう。

僕は2時間かけて、市民農園の手入れに来ている感じ。ついでに鮎帰りの石積の集落や川の景色を眺めるのが楽しい。街中の廃屋、空きビルの悲しい景色よりも、この集落の美しい景色は飽きない。

水力発電所跡

月夜の晩、棚田の石垣に背をもたれ、風に吹かれてみたいものだ。
虫の声を聴きたいものだ。
いなくなった人々の暖かい影が集まってくるような気がする。


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