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第11節 あいつのギフトがギフトでなかったことがあっただろうか?

 
「木村さん! お待たせしました!」
「いえ。マシュさん、大丈夫ですか?」
「はい、私は平気です。――やーぁあ!」
 ゴーレムとワイバーンドレッドの群れを抜け、マシュは直輝のもとに辿り着いた。
 直輝はマシュが来るまでの間、男の子を抱きかかえるようにしてしゃがみ込み、その貧相な身体を盾にして必死に守っていた。
「この子を昨日のコンビニまで連れていきたいんです。行けそうですか?」
「はい! なんとか道を切り開きます!」
「ありがとうございます。」
 直輝はしゃがんだまま力を振り絞り、意識のない男の子を抱えなおそうとする。とその時、公園内に複数の人影が入ってきた。
「木村さん、あれは……」
 入ってきたのはいずれも男性で、隊列を組んでいるが服装や年齢に統一感はない。
「……」
「……」
 見た感じは一般人だが、彼らは臆することなく淡々と、ゴーレムたちの蔓延る公園内に列をなして入ってくる。
「マシュさん! 魔力の反応は?」
「ありません! 彼らは全員普通の人間だと思われます。ですが、八十メートルほど北方にサーヴァントの反応が一騎! 人間のものと思われる多数の生命反応と共に、非常にゆっくりと接近しています!」
 突然、男の一人がゴーレムに殴り飛ばされた。彼は地面に倒れ、ピクリとも動かない。しかし、周りの男たちは助けるでも怯えるでもなく、手にしたビニール傘や木の枝、鞄や拳でゴーレムと戦い始めた。
 当然そんなもので敵うはずもなく、男たちは次々に倒れていく。
「木村さん! くっ、やーぁあ!」
「マシュさん! …………この子を任せられますか? 一人でコンビニまで連れて行けますか? 無理なら無理と答えて下さい」
「……私一人でその子を抱えながらこの群れを抜けるのは厳しいかと」
「ですよね。ごめんなさい。じゃあ、急いでコンビニまで行きましょう! その後、」
 直輝が早口で作戦を話す後方で、不意にあの少年が口を開いた。
「その必要はないんじゃないか?」
「木村さん! 早く逃げてください!」
 マシュが男をにらみながら盾を構える。その前で、少年は手にした物体から伸びるケーブルで周囲のエネミーたちをあっという間に拘束して見せる。
「君たちは両方助けたいんだろう? 彼らも、その子も。なら、その子は私が請け負おう。もとはと言えば、僕が連れて来たんだし」
 そう言いながら、少年はボストンバックを下ろしてその口を開ける。
「貴方に任せられるはずがありません! ――木村さん! 今の内に急ぎましょう!」
「おっと、いいのかな? その子はあの野良犬の首が落ちた時、まだ意識があったぞ。盾の部外者。少なくとも、君には見えていたんじゃないか? 気を失うほどのショックを受けて、あんなのトラウマものだぞ。そのまま連れていってもいいのか? 私の魔術なら、そのくらいの記憶はどうとでもなる。これは嘘じゃない。さっきも言った通り、このかおで私は嘘をつかないつもりだ」
 少年はそう言うと、マシュではなく直輝の目を見つめた。
「……。」
「さあ、急いだ方がいい。今も後ろで犠牲が出ているぞ」
 少年の言う通り、直輝たちの後ろでは一人また一人と男たちが襲われている。
 非力を補うためUMDにさえ頼り男の子の体重を受け止めていた直輝は、切迫した状況の中で少年の言葉に心を揺らされる。
「木村さん! 行きましょう!」
 そう叫んだマシュの言葉を少年は笑って流し、手で銃の形を作ると、直輝の腕の中へと向けた。
「私がその気になれば、いつでもその子の頭が柘榴みたいに弾け飛ぶということも考慮に入れた方がいい。私だって本物の悪魔じゃないんだ。目的のためなら犠牲もいとわないが、ゆくゆくを考えたらその子をこのまま帰したくはない。だったら今ここで爆発させた方がマシだ。こんな風に――」
 少年がそう言い終えた直後、先ほどまで彼がいたベンチの辺りで何かが爆発した。
「そら、後ろで犠牲が出続けてるぞ? だが、選ぶのは君だ! チク、タク、チク、タク――」
 少年の鳴りやまない声が、直輝の焦りや葛藤を煽り立てる。
 ――彼は信用ならない。彼の言うことも一理ある。チク、タク、チク、タク。もし本当なら男の子は助かり、男性たちもすぐに助けに行ける。嘘でも今、男の子を爆発させられるよりマシか。チク、タク、チク、タク。今も後ろで犠牲が出ている。チク、タク、チク、タク。どうすることが一番被害を抑えられる? チク、タク、チク、タク――。
 直輝の頭の中で目まぐるしく思考が乱立し、腕にかかる重みが刻一刻と精神的ストレスに転換される中、鳴りやまない少年の声が焦燥を、葛藤を、感情を逆なでする。
「…………お願いします。この子を、お願いします。」
「木村さん!」
「ごめんなさい。でも、この子が今爆発させられるよりはマシだと思います。後ろの犠牲も格段に減らせますし。」
「それは……」
 マシュは、望ましい言葉を出すことのできない口を閉じることもできず、顔に悲痛の色を滲ませる。
「クククク、英断だ。安心しろ。その子は俺が責任をもって対処する。そういうのは得意だからな」
 少年はそう言うと、直輝の腕から男の子を軽々抱え上げ、タオルがひかれたボストンバックの中へと丁寧に寝かせた。そして、今度は懐からポケットサイズの機器を取り出す。
「お礼と言ってはなんだが、君にいい物をあげよう」
「……。」
 直輝は、少年に差し出された怪しげな機器を見つめる。それは、基盤がよく見えるように透明な外装でおおわれている、メカニカルなデザインの機械だった。形状は平べったく、その片面には画面が設けられている。
「安心しろ。これは爆発したりはしない。私は手塩にかけて保護しようとしていた野良犬を殺されてしまったし、当面は戦う気のない私の分まで君には期待をかけてしまうんだ。君はそのままでも少しは戦えるようだし、余計にな。さあ、受け取れ。……それはそうと、ポケットWi-Fiを使ったことはあるか?」
「……はい。あります、が……。」
 いぶかしみながら返事だけはした直輝に、男は言う。
「なら話が早い。それは、私が作った外付け無線魔術回路“I DREAM OF WIRES”。ポケットWi-Fiのような感覚で使えるワイヤレスの外付け魔術回路さ。
 一般的なポケットWi-Fiと同じように、一月に使える魔力には基本上限があって、充電が切れれば使えないが、それさえあれば君も魔力を行使できる! 接続は電源を付けて、使う意思をもってIDとパスワードを脳内で念じるだけ! 画面はタッチパネル式だし、スマホやポケットWi-Fiに慣れていれば感覚的に操作できるはずだ。すごいだろ?
 といっても、君に使える魔術はないだろうが。この程度のザコエネミーを倒すために魔力をまとうくらいなら、その機械がサポートしてくれるように調整してある。電子聖杯に選ばれていない部外者の君でも、問題なくサーヴァントとの契約だって出来るだろう――」
 最後の言葉と共に一旦マシュに向けた視線を直輝に戻すと、少年は笑みを浮かべた。
「――まあ、好きに使ってくれ。無料お試し期間で一か月、基本上限内なら代償はいらないよ」
「!」
 少年は直輝に強引にその機器をつかませると、ボストンバックを丁寧に担ぎ上げ、周囲のエネミーたちを解放する。
「ほら、ぴーすけ! お前は昔から私を背中に乗せて飛ぶのが大好きだったよなぁ。さあ、今宵も乗せてくれ。送ってほしいんだ。――おっとこれは。いや、今のはセーフだろう。なぜなら」
「GARUUU……!」
 呼びかけに応じて大人しく降りて来たワイバーンドレッドの背に乗った少年は、笑顔で「Have a nice dream!」と流暢流暢な英語をふりまいて夜空に消えた。
「くっ!」
 しかし、すでに解き放たれたゴーレムとワイバーンドレッドの群れに襲われていた直輝とマシュには、少年に構う余裕などなかった。
「……マシュさん、ごめんなさい。あの人達を助けに行きたいのですが、力を貸して頂けますか?」
「謝らないでください。脅されていましたし、悔しいですが……、どうしようもなかった。今は、彼らを助けましょう」
 数メートル先で出続ける犠牲を止めるため、走りだしたマシュの背中を直輝は追いかけた。
「……ありがとうございます。」
 そんな直輝の前を走るマシュは、瞬く間に男たちとゴーレムたちの交戦地点に辿り着く。
「やーぁあ!」
 掛け声とともに繰り出された大盾の突撃で、一体のゴーレムが消失した。
「――皆さん! 事情は分かりませんが無茶です! この怪物にそのようなはゃっ!」
 マシュが驚きの声をもらす。
 その腹部には男の拳が突き当てられていた。
「マシュさん!」
「……大丈夫です。――私は敵ではありません! 何が、っ!」
 さらに別の男が、太めの木の枝を振りかぶりマシュを襲う。
「マシュさん! っ!」
 マシュを助けようとした直輝の前に、男が立ちはだかり、ゴーレムに殴り飛ばされる。
「駄目です! 木村さん! 彼らとは意思の疎通ができません! なんらかの方法で操られているのかもしれません!」
「傷つけずに気絶させることはできますか?!」
「……気絶は難しいですが、無力化なら!」
 そう言いながらマシュは盾を操り、男たちの攻撃をいなして打撃を与える。加減をしながらも、腹部など苦痛を強く感じる部位を狙い、男たちの戦意を奪いにかかった。
「……」
 しかし、男たちは苦しむ様子もなく、マシュを襲う手を止めない。
 さらにはゴーレムまでもが、男とマシュに襲いかかる。
「くっ……! そんな……」
 悲痛な声をもらしながらも戦うマシュの側では、直輝も男たちの攻撃を受けながら、男たちの盾になろうと必死で立ち回っていた。
 しかし、大勢の男たちは自分から危険に突っ込んでいく上、マシュや直輝にまで攻撃を仕掛けてくる。
 ゴーレムとワイバーンドレッドは残り数体ではあったものの、二人は思うように立ち回ることが出来なかった。
「……」
 直輝はポケットに手を入れ、さきほど少年から押しつけられた怪しげな機器を出す。
 ――それは、私が作った外付け無線魔術回路“WE DREAM OF WIRES”。ポケットWi-Fiのような感覚で使えるワイヤレスの外付け魔術回路さ――。
「……」
 直輝が意を決して電源ボタンを押すと、間もなくメニュー画面が起動した。
 全体的に機械的で冷たいデザインの画面には、魔力送信量、接続数、お知らせ、など五つの項目が並んでいる。直輝はその中から端末情報という項目をタッチした。すると、すぐにアルファベットと数字で構成されたIDとパスワードを確認することが出来た。
 ――接続は電源を付けて、使う意思をもってIDとパスワードを脳内で念じるだけ! ――。
 直輝はためらいながらも、確かな意思をもって接続を試みた。

     *

 女神は歩かない。
 男を這わせ、その背に座る。
 男が壊れて手足を止めれば、次の男を馬にするだけ。
 男の代わりはいくらでもいる。
 女神は下僕をケチらない。

「ねえ、大きいお友達のみなさん。トリック・オア・トリート」
 女神の言葉に、男たちが一斉に体を差し出す。
「ふふふ、そんなにはいらないわ」
 女神は一人を選び、その手をとって口づけする。いたずらに歯を立てて、あまさひかえめの血をすする。
――さて、もうそろそろだわ――
 女神は男に手を取らせ、お馬さんの背を下りると、自らの足で歩き出した。
 気まぐれに、思いつきで、我がままに。
―― 一騎くらいなら、倒せるかしら?――
 彼女は思う。自信を持って。
――私には、こんなにたくさんの、大きいお友達がいるんですもの――
 半分になった月あかりを浴びて、十分にそろった男たちを連れて。
 月の女神は戯れを口にする。
「月にかわっておしおきするわ」