見出し画像

第16節 【ハンティングクエスト】#1 ジモトがジャンプ【■■■■■■】

 
 順不同にて、あとにも続く。
 Scott David Aniolowski様をはじめ、多くの皆様へ敬意を込めて――。


《center》 ―――――――――――――――――――― 《/center》


 都内某所、ある日の日没後。

 立ち入り禁止を示すビニールテープによって封鎖された喫煙所の前で、一人の男性が懐から加熱式たばこ *1 を取り出した。
 新型コロナウイルス感染症が流行し、多くの喫煙所が封鎖されている。マスクを外した状態で密集することが予想されるため、感染リスクが高まる可能性があるからだろう。そこもそんな喫煙所の一つだった。
 しかし、男性は封鎖された喫煙所の入り口でたばこを吸おうとしている。今そこにいたのは彼だけだったが、封鎖された喫煙所の前でたばこを吸う喫煙者は少なくなかった。近場で他に吸う所がないのだ。是非はともかく、そうなることは必然と言えた。
 ――「しょうがない」は喫煙者でなくとも盛んに口にする品だろう。よくもわるくも。
「……は?」
 男性が思わず声をもらした。
 まだ電池残量に余裕があったはずなのに、加熱式タバコの機器の電源がつかないのだ。
 その加熱式たばこは、充電式の機器本体にたばこのスティックをさして加熱し、火を使わずにたばこを吸うというものだった。つまり、機器の電池残量が足りなければ、機器本体があろうがたばこのスティックがあろうが吸うことができない。
「はぁー……」
 男性は深いため息をついた。
 そして、しょうがないので近くのコンビニで紙巻たばことライターを買おうと思った矢先、目の前に差し出された手にぎょっとする。
 それは、やけに血色が悪くみすぼらしい西洋人風の男の手だった。
「……」
 ホームレスのような風体ふうていのその男は、無言でたばこを差し出している。
「あ、ありがとうございます。でも、ライター持ってないんで」
「……」
 表情のない男は日本語が話せないのか、またも無言で、今度は懐からジッポを取り出した。シルバーのそれは、男の身なりに似つかわしくない高そうなものだった。
「……じゃ、じゃあ。ありがとうございます」
 男性はしょうがないので遠慮がちにたばこを受け取った。
 確かにたばこが吸えなくてイライラしていたし、普段と違うものでも吸いたいという気持ちはあった。しかし、それでもいつもの彼だったら適当に断っていたはずだった。だというのに、その時の彼はなぜだかどうしてそれを受け取ってしまった。
 男性がぎこちなくそれを口にくわえると、ジッポを受け取ろうとするよりも早く、男が自然な流れで火をつけてくれた。
「……ふっ、ケホッ! ケホッ!」
 それは硫黄のような臭いのする、異様な味のたばこだった。
 男性はそれを、もう一口も吸いたくなかったが、貰ってしまった手前すぐに捨てるわけにもいかず、指の間で煙を吐き続けるたばこを見つめて後悔にさいなまれる。しょうがない――。
「微笑むことを俺に思い出させてくれ」
「……?」
 突然の声にぎょっとして、男性は隣の男を見た。
「泣きなさい、と時計が言ったんだ」
 男はそう言うと、不気味な足取りで街灯立ち並ぶ道の彼方に去っていった。
「……」
 男性は不味いたばこから解放されたというのに、しばらくその場から離れられなかった。

     *

 都内某所。

 すっかり日の暮れた住宅街を、若い女性が足早に歩いていく。
 高校生くらいだろうか。それともとっくに成人を迎えているだろうか。はっきりしているのは、マスクが隠すのは口元だけではないということくらいだろうか。
 年齢不詳の女性が公園に入っていく。都心の住宅地によく見られるくらいの決して広くはないその公園は、彼女がよく通る近道だった。
 白い包帯が街灯の光を浴びる。女性は右手を包帯でおおっていった。
「おい、お前!」
 突然、ドスの利いた男の声がした。
 女性は思わず飛び上がりそうなくらいびっくりしたが、「私は関係ない、私は関係ない」と念じながら、声の主を刺激しないようわずかに足を早めた。
「お前だよお前ェ!」
「ぃやっ!」
 後ろから肩をがしっと掴まれ振り返らせられ、女性は小さく悲鳴を上げた。
「やっぱりだ。その顔、忘れもしねぇ……。やっと見つけたぞ、ゴブリン女ァ!」
「はっ? ゴブリ……? いや、人違いです。すいませきゃっ!」
 突然、突き飛ばされた女性の背後に、霊体化していたサーヴァントが姿を現す。
 白い顔、細い腕、茶色いぼろきれをまとった骸骨のエネミー“スケルトン”。
「……」
 スケルトンはあたかも女性を支えるために出て来たかのようなタイミングで姿を現したが、勢いよく倒れる女性の体重を全く支えられず、ものの見事にその下敷きとなる。硬い骨の体では、クッションにもならない。
「いったぁ……。てかごめん! 大丈夫? てかなんで出てきたの?」
「……」
「あっ、いや。ありがとう。私を支えようとしてくれたんだよね? ごめんね重くて。私が悪いね。うん、全部私が悪いよ」
「……」
 スケルトンはうんともすんとも言わず、空っぽの眼孔がんこうを女性に向けている。
「おい、お前!」
「わっ! やばっ……。あの、すいません。ほんとに何も知らないんです。ほんとに何も」
「そんなわけあるかァ! 忘れるわけがねぇ。間違えるはずもねぇ。お前は俺の、俺の親の、俺の兄妹のかたきィ! ゴ武辻無惨ごぶつじむざん! お前は俺がここで殺ォす!」
「……」
 女性はきょとんとして、目の前の男を見つめた。
「何をほうけてやがる! 構えろォ! ゴブリンを出せェ!」
「……いや、すいません。マジでわかんないんですけど。ゴ武辻、無惨……? えっとぉ……、あの。もしかしてお兄さん、『鬼滅きめつやいば』 *2 の大ファンの方とかですかね? あー、これってひょっとして鬼滅ごっこ。いやー、すいませんお兄さん。いくつになっても童心を忘れないのは素敵だと思いますけど、私はもう、ちょっとそういう遊びは卒ぎょ」
「遊びじゃねェ!」
 男はそう言うと、懐から手拭いのような物を取り出し、右手に巻いた。そして、その右腕を引いたかと思うと、そのままの姿勢で走り出した。
「布の呼吸――!」
 男が叫びながら女性へと向かって来る。
「えっ? えっ? 待って」
 うろたえる女性の前に突如、緑色の人型エネミー、ゴブリンが出現した。
 そういうシステムのゲームキャラクターのように、ゴブリンは現実世界の公園というフィールドに突如その姿を現したのだ。
 だが男は構わず突き進み、丸めた右手を前に突き出し、その勢いを乗せて技を繰り出す。それはいわく、布の呼吸――。
「――デコピン!」
 布を巻いた手から繰り出された男のデコピンが、ゴブリンのおでこを勢いよく打つ。
「わっ!」
 女性の目の前でゴブリンがのけ反る。
「……いや、デコピンってなんだよ! 布、関係ないじゃん! てか、呼吸って完全に鬼滅のパクリだし!」
「パクリじゃねぇ、リスペクトだ。なんだお前? お前、俺の家族を殺しただけじゃなくて、鬼滅の刃のアンチか? ァア?」
「いや、アンチではないですけど……。まあでも、面白かったとは思うけど、私的にはすごい好き、ってほどではなかったんですよねぇ……。例えば同時期にアニメ化されたジャンプ漫画だったら、『ジモトがジャパン』 *3 の方が私は好きだったかなぁって……」
 言ってから、はっとなった彼女だったが、しかしもう遅かった。
「……お前。お前、今。鬼滅の刃を愚弄したな?」
「いや、すいません。そういうわけじゃ。いや、確かに今の流れで今の発言は無神経だったとは思うけど、全然そういうんじゃないです! あの、私も毎週読んでたし。めっちゃ読んでたし! 最終戦別の話とか今だに覚えてますもん! 私、錆兎さびとけっこう好きですよ! 後、あの年号変わ」
「もう遅い。お前はたった今、全鬼滅の刃ファンを敵に回した」
「いやいやいや、いったん落ち着きましょう? 主語がデカいのはよくないですって。すいません。ほんとにすいません。全部私が悪かったから。だからまずはいったん落ち着きましょう?」
「落ち着いてられるかァ! 布の呼吸、デコピンン!!」
 男の怒りのデコピンが、ゴブリンの頭を再度打つ。するとゴブリンは、怪しい霧のようになって消えてしまった。
「やばっ!」
 女性があわてて男から離れる。
「ねえ、スケルトン! 新しいゴブリン出せない?!」
「……」
「へんじがない。ただの、しかばねのようだ。……ってやってる場合か!」
 女性のセルフツッコみと時をほぼ同じくして、その背後に三体のゴブリンが出現した。
「ゴブリン共め……。一匹残らず殺し尽くしてやる。布の呼吸――!」
 男はそう言うと、手に巻いた布をほどき宙にはためかせ、技を繰り出す。
「デコピン! デコピン! デコピンン!!」
 ――炸裂するデコピン!
「いや、結局デコピンかよぉ! 今のタメなんだったの!?」
 女性がツッコむが、男は何の返事もしない。なぜなら三体のゴブリンから反撃を受け、それどころではなかったからだ。三本の斧が男を打ちのめす。
「うあぁー! ……くそっ。こんなところで、倒れてられるかァ! 布の呼吸、デコピン! 布の呼吸、デコピン! 布の呼吸、デコピンン!!」
 男のデコピンがゴブリントリオの顎を、腹を、デコを打つ。打たれたゴブリンたちは消えてゆく。
「はぁっ、はぁっ……。がジャパンン? そんなふざけた漫画もアニメも、聞いたこともねぇ。そんな漫画のファンに、この俺が……。鬼滅の刃ファンが負けてたまるかァ!」
「はあ? 『ジモトがジャパン』めっちゃ面白いからね? 一回読んでみ? ジャンプ+ *4 とかで一話試し読み出来るはずだから。――って今はそんな話してる場合じゃない! スケルトン! もっとたくさんエネミー出せない?!」
「……」
 ――へんじがない。ただの、しかばねのようだ。
「ああ、もう。ずっとこんな調子じゃん……。電子聖杯って何!? 聖杯戦争の参加者に選ばれましたって、何すればいいの!? もぉぉぉ……」
「俺を無視して一人言とはいい度胸だなぁ‥‥。布の呼吸――!」
「ああ、もぉぉ! なんだ、布の呼吸デコピンって! せめてシリアスなのかギャグなのかはっきりしてぇ!」
 彼女の叫びが通じたのかいなか、男の前にまたしても一体のゴブリンが現れた。
「――デコピンン!!」
 強烈なデコピンがまたもゴブリンを襲う。
 しかし、今度のゴブリンは、男のデコピンを受けてものけ反らなかった。
「布の呼吸、デコピン! デコピン! デコピンン!! ……はぁっ、はぁっ、なんでだよ。さっきまでは、二発で死んだのに……」
「……」
 そのゴブリンは、先ほどまでのゴブリンとは一味違っていた。
 まるで、倒して先に進むほど出てくる敵が強くなる、一般的なRPGゲームのように、そのゴブリンは今までのゴブリンよりも強くなって出現したのである。
「……」
 ゴブリンが、金棒を思わせるトゲトゲしたデザインの剣を振り上げ、男に襲いかかる。
「うあぁー! ……くそっ。くそぉ! 布の呼吸、デコピン! デコピンン!! ……はぁっ、はぁっ……。なんで、なんで死なない? こんなザコなんかに……、マイナー漫画ファンのくせに……。鬼滅の刃ファンとして、他の漫画のファンにはただの一度も負けるわけにはいかないんだァ!」
「ちょっと、さっきから! そんな漫画とかマイナー漫画のくせにとか、いい加減怒るよ?」
 女性はそう言うとハンドバックから手早くアイライナーを取り出し、男の前に立ちはだかるゴブリンの胸にヘタクソな日本地図を描いた。
「なっ、何をしてる……」
「私もわからんわ! ノリだ、ノリ!」
 彼女はそう言うと、ゴブリンの後ろに下がって語り始める。
「ジャンプ出身の大天才、はやし聖二せいじ先生に捧ぐ……」
「……?」
「都道府けん奥義ッッ」
 彼女の言葉を背に受けながら、ゴブリンが剣を振り上げた。
「――人の好きな漫画じもとをッ 笑うなァァァ――――ッ!!!」
 ――ゴブリンの通常攻撃!
「うああー!」
 剣による普通の攻撃を受けて、男が叫び声を上げ倒れた。
 天を仰ぐ男の目に、涙がにじみだす。
「……くそぉっ。鬼滅の刃が……、鬼滅の刃が……、負けたって言うのかよぉ……。チクショウ!」
「あのねえ」
「……?」
「別に私がお兄さんに勝っただけで、それでどっちの好きな漫画の方が勝ったとか良いとか、そんなの決まるわけないでしょ? ファンの人間性と漫画の良し悪しは関係ないし。その、ファン代表みたいな主語のデカさ、マジでよくないと思うよ? てか、勝ったのはゴブリンだし。
 そもそも、売り上げとか知名度とか、そういうのはどうしても差が出ちゃうけど。でも、漫画って、そんな単純なものじゃないでしょ? それぞれに良さがあって、好みだって人それぞれだし……。
 まあ、あんなタイミングであんな言い方しちゃった私も私だけどさ。私もごめん、ってことで。漫画好き同士、わかりあえないかな?」
 そう言って差し伸べられた手を、男は払いのける。
「ふざけるな! 俺の家族を殺したお前が、偉そうに説教なんかたれるんじゃない!」
「えっ、その設定まだ生きてたの? えっ、それってほんとの話? だったら設定とか言ってほんとにごめんなんだけど……。いや、とにかく、私はほんとにそれは何も知らないんだって」
「設定だと!? 設てっ! ……設定? 設定……」
 男はそう言いながら力なく立ち上がったかと思うと、よろよろと後ずさる。
「俺の、家族は……ゴブリンに……殺されて……。妹が……、妹が……、俺に……妹? 誰だ? この子は、誰だ? 俺の……妹? 俺に……妹? 俺に、妹なんか……。俺は……俺は……」
 よろよろと、よろよろと、後ずさり、そして突然、男が爆発した。
「きゃっ!」
 爆音、爆風、爆発の熱を浴びて思わず目を閉じた女性が再び目をあけると、そこにはもう、男はいなかった。
「嘘……」
 嘘のような静けさばかり残して――。
 

《center》 ―――――――――――――――――――― 《/center》

 
 順不同にて、まえから続く。
 『鬼滅の刃』と吾峠呼世晴様をはじめ、多くの皆様へ敬意を込めて――。
 『ジモトがジャパン』と林聖二様をはじめ、多くの皆様へ敬意を込めて――。

 
 ―――――――――――――――――――― 
 

*1:加熱式たばこ:火を使わずに加熱するたばこ。煙や灰、火災のリスクを減らす効果などを見込んで開発され、2016年ごろから紙巻たばこと並ぶほどに普及している。
*2:『鬼滅の刃』:吾峠呼世晴による漫画。鬼に家族を殺された心優しい少年が、鬼になってしまった妹を連れ、鬼狩りとなって戦う物語。2020年頃には社会現象と言われるほどヒットした。
*3:『ジモトがジャパン』:林聖二による漫画。山形から東京へと転校してきた安孫子時生の前に現れた、自称"都道府拳マスター"の日ノ本ジャパンを中心に巻き起こるご当地ギャグ。2019年春に異例の早さでアニメ化を遂げている。
*4:ジャンプ+:株式会社集英社によるスマートフォン・タブレット向け漫画配信アプリ、並びにそのWeb版。『週刊少年ジャンプ』をはじめとした集英社の漫画の電子書籍を購入・閲覧できるほか、期間限定で閲覧無料の連載や試し読み、無期限で閲覧無料の読み切り作品など多数の漫画などを配信している。

 
 ―――――――――――――――――――― 
 

https://twitter.com/20200815_AiEn/status/1434804747123322883

https://twitter.com/20200815_AiEn/status/1434804957711011841